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名盤コレクション32 1954年ニューイヤーコンサート(クラウス/VPO)

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1954年ニューイヤーコンサート
クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

第1部
ワルツ「剣と琴」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ポルカ「ルドルフスハイムの人々」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ポルカ・マズルカ「とんぼ」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ポルカ「休暇旅行で」(ヨーゼフ・シュトラウス)
アンコール
ワルツ「我が家で」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
新ピチカートポルカ(ヨハン・シュトラウスⅡ)
アンコール
ポルカ「ハンガリー万歳」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
アンコール

第2部
ワルツ「天体の音楽」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ポルカ「5月の喜び」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ポルカ「おしゃべりな可愛い口」(ヨーゼフ・シュトラウス)
アンコール
ポルカ「クラップヒェンの森で」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
ワルツ「春の声」(ヨハン・シュトラウスⅡ)-中断
ワルツ「春の声」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
ポルカ「狩り」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
アンコール
常動曲(ヨハン・シュトラウスⅡ)
ワルツ「美しき青きドナウ」(ヨハン・シュトラウスⅡ)
ラデツキー行進曲(ヨハン・シュトラウスⅠ)

録音:1954年1月1日

クライバー盤の記事でも書いたが、ニューイヤーコンサートは1939年12月31日にクレメンス・クラウスの指揮で行われたのが最初である。
2回目は1941年の1月1日に行われ、以後毎年1月1日に行われるようになったが、「ニューイヤーコンサート」と呼ばれるようになったのは後のことである。
コンサートは一貫してクレメンス・クラウスの指揮で行われたが、1946年と47年は、クラウスがナチ協力者の疑いをかけられたため、ヨーゼフ・クリップスが指揮している。
1948年からクラウスが復帰し、1954年に急死するまで、クラウスの指揮で行われた。
1945年にはコンサートは中止になった、ということがWikipediaに書かれていた。(現在は1979年までの記録が削除されている)
ウィーンフィルのHP(日本語版)には、「1945年1月にもこのコンサートが開催され、1月2日に再演もされた」ということが書かれている。
ただ、英語版とドイツ語版にはそのような記述はなく、「終戦の年まで続けられた」という微妙な記述があるだけだが、この表現だと1945年にも行われたとも読める。
1945年1月1日のコンサートがあったのかどうかが不明なため、Wikipediaではその部分が削除されたのかも知れない。

クラウスによるニューイヤーコンサートは12回あるいは13回行われたことになるわけだが、録音が残っているのは最後の1954年のみである。
それも正規の録音ではなく、ラジオ中継をエアチェックしたものがLP化されていて、それをCDに起こしたものである。
女性アナウンサーによるアナウンスが曲間に入っているのはそういう事情による。
そんなわけで、この年代としてもいささか冴えない録音ではあるが、クレメンス・クラウスでなければ聴けない、ウイーンの香りがする演奏であると言えるだろう。
クラウスによるシュトラウス・ファミリーの音楽を聴くならば、同時期のスタジオ録音を採るべきかも知れないが、時にはこんなお祭り騒ぎを聴くのも楽しい。

現在と異なり、曲のあとに同曲のアンコールが演奏されていて、それが5曲もある。
「春の声」では、曲が始まった途端に拍手喝采が起き、中断して初めからまた演奏するという、ハプニングもある。「お祭り」ならではだろう。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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