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トスカニーニ 最後のコンサート


トスカニーニ 最後のコンサート

ワーグナー
歌劇「ローエングリン」~第1幕への前奏曲
楽劇「ジークフリート」~森の囁き
楽劇「神々の黄昏」~ジークフリートのラインへの旅
歌劇「タンホイザー」~序曲とバッカナール
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕への前奏曲

アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団
1954年4月4日 ニューヨーク、カーネギー・ホール


指揮者が暗譜で指揮をするようになったのは、トスカニーニが最初だそうだ。
これは彼が類まれな記憶力の持ち主であったこともさることながら、極度の近眼であったことが関係していると言われている。

トスカニーニは、オーケストラのチェロ奏者だった。
リオデジャネイロでの公演の際、指揮者が急病で倒れ、急遽代役で指揮をしたのが指揮者としてのデビューだった。
彼はどんな曲でも暗譜していたため、「トスカニーニならば指揮が出来るだろう」と、白羽の矢が立ったわけである。
その日の演目は「アイーダ」だった。その指揮を見事にこなし、その後指揮者の道を歩むことになり、結果的に20世紀最大の指揮者の一人となるのだから、人間何が幸いするかわからない。

そんなトスカニーニも、晩年は記憶力の衰えに悩まされるようになり、1954年に引退を決意する。
3月25日に辞表を提出。辞意は29日に認められ、4月4日のコンサートが最後になることが決まった。
そのような経緯で行われたラストコンサートだったが、前日のリハーサルでも記憶違いから混乱が起きた。その様子は、このCDではない、別のCDには収められているらしいが、自分は所有していない。

当日のコンサートはラジオで中継された。

3曲目の「タンホイザー序曲とバッカナール」の演奏中、トスカニーニは記憶を失い、指揮をする手を止めてしまったのだが、CDで聴くことが出来る通り、演奏が止まったわけではない。ただ、異変を察知した放送のスタッフが中継を中止し、ブラームスの交響曲第1番の録音に切り替えたため、放送を聴いていた人は、演奏が中断したように聞こえたようだ。
実際、CDを聴く限りでは、止まった場所についてはわからない。ただ、この「タンホイザー」はすでにかなり前から管楽器の入りのタイミングがずれていて、明らかにおかしい。この時点で異変が起きていたようにも聞こえる。
トスカニーニはこの曲で指揮台を降りようとしたが、「まだマイスタージンガーが残っていますよ」と言われ、最後の曲を指揮したと言う。

予定通りではあったが、結局このコンサートが最後になり、3年後の1957年にその生涯を閉じた。
トスカニーニは、自分の後継者としてグイード・カンテッリに期待を寄せていたが、あろうことかカンテッリはトスカニーニより2か月早く、飛行機事故で死去してしまった。そのことはトスカニーニには伏せられていたと言う。

なお、このライブはステレオで録音された。フルトヴェングラーは間に合わなかったが、トスカニーニはかろうじてステレオに間に合ったわけである。
フルトヴェングラーはこの年の11月に亡くなった。月並みな言い方だが、1954年はひとつの時代の終わりと言えるだろう。

・・・・・・

トスカニーニ引退のエピソードで反射的に思い出すのは、八代目桂文楽の最後の高座である。
1971年、国立劇場小劇場で「大仏餅」の口演中に記憶を失い、「忘れました。もう一度、勉強し直して参ります」と言って下り、それが最後の高座になった。
「大仏餅」というのは三遊亭円朝作の三題噺と言われているが、あまり面白い噺ではなく、サゲもわかりにくいため、文楽がなぜこの噺を好んだのかはわからない。
文楽が記憶を失ったのは、登場人物「神谷幸右衛門」の名前であった。
別に、サゲに関わる名前ではない。適当な名前で良かったわけだ。志ん生ならばアドリブでこなしただろうが、文楽にはそれは出来なかったのだ。

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