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善光寺のシダレザクラ(長野県諏訪市)

善光寺のシダレザクラ
長野県諏訪市
撮影 2018.4.15

4月15日
この日は朝から雨だったが、午後から晴れる予報を信じ、5時ぐらいに家を出る。信州の桜撮影に行くには、これでもだいぶのんびりとした出発だ。
今日の目的は、諏訪周辺の桜巡りである。
今年はどこも開花が早い。この日咲いていそうなのは、いずれも標高が高い地域の桜だ。

行きがけに道の駅「にらさき」さらに「はくしゅう」で休憩。
ふと思い出し、見逃している「本村の関の桜」に寄ってみることにした。




この桜は開花が遅いため、王仁塚の桜などと一緒に見ることができない。
今回はチャンスだと思ったが、残念ながら葉桜だった。
雨はまだやまないが、このまま長野県に入り、とりあえず諏訪の善光寺に行く。




善光寺への入口近く
湖南小学校の前面にも、見事な桜があった。








長野県内に、善光寺は3箇所ある。
長野市の善光寺、飯田市の元善光寺と諏訪の善光寺である。
諏訪の善光寺は、善光寺の本尊が元善光寺から長野の善光寺に運ばれる途中、7年間に渡って安置された場所だという。

善光寺の本尊である阿弥陀仏は、インドから日本に渡来したものである。
その由来はこういう話だ。

お釈迦様がインドにおられた頃、月蓋(がっかい)という長者がいた。
月蓋は大変貪欲な人物で、他人に施すような心は一切持っていなかった。お釈迦様はわざわざ月蓋のもとを訪れ、教え導こうとしたが月蓋は聞く耳を持たなかった。
その頃、国中に悪疫が蔓延し、長者の娘である如是姫も病に倒れてしまった。
長者は娘の病気を治したい一心でお釈迦様に助けを求めると、お釈迦様は阿弥陀仏におすがりし一心に「南無阿弥陀仏」を唱えるようにと言われた。
長者はその教えに従い、心から念仏を唱えると、如是姫の病気はもとより、国中に蔓延していた疫病も収まった。
長者は阿弥陀如来の姿を写し取りたいと願うと、阿弥陀如来像が観音菩薩と勢至菩薩を従えた姿で出現した。
この像が廻り廻って日本に渡来する。

その頃、仏教を広めようとする聖徳太子と、それに反対する物部氏が対立し、渡来した仏像は物部氏によって難波堀江という大阪の湿地帯に廃棄されてしまう。
そののち、信濃の本田善光という人が仏像を池の底から救い出し、信州に持ち帰り、善光寺を建てて本尊とした。
本田善光(よしみつ)が建てたので善光寺と言う。

この話が元ネタになって、落語「御神酒徳利」が作られたらしいことは以前にも紹介した。
大阪の長者、鴻池の娘の病気をインチキ算盤占いで治しに行く噺である。
落語では、神奈川の稲荷大明神が病気を治す方法を教えてくれた結果、屋敷の下から観音菩薩の像が出現し、娘の病気は平癒する。




JR長野駅善光寺口の如是姫像。
自分を救ってくれた、善光寺の阿弥陀如来の方を向いている。


次回は神宮寺のシダレザクラ
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