FC2ブログ

名古屋場所を前に

いよいよ明後日から大相撲名古屋場所。

稀勢の里の横綱昇進に続いて高安の大関昇進と、茨城県出身力士の活躍が目立つ。
実は茨城県は過去に3人の横綱を輩出していて、相撲に関しては強豪県と言える。
ここで、過去3人の横綱を振り返って見よう。




第7代横綱 稲妻雷五郎
(稲敷市)
落語にも登場する第6代阿武松(おうのまつ)の次に昇進した横綱で、稲敷市(元東町)に生まれた。
勝率は9割に及び、雷電と並び称されるほどの強豪力士だった。
風流人でもあり、辞世の句とされる「稲妻の 去り行く空や 秋の風」はよく知られている。




第19代横綱 常陸山谷右エ門
(水戸市)
明治後期、梅ケ谷とともに活躍し、梅常陸時代と呼ばれる黄金時代を築いた。
アメリカ興行を行うなど、相撲の近代化にも尽くした人で、角聖と呼ばれた。


第34代横綱 男女ノ川登三
(つくば市 元の筑波町)
「筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」陽成院
男女川(みなのがわ)は、男体山、女体山の双耳峰からなる筑波山の鞍部に源流がある。
その名前を戴いた横綱だが、残念なことに「史上最弱の横綱」と言われている。
確かに勝率が5割に達していない。横綱になったのが不思議なくらいだ。
ちなみにこの人の次の35代が大横綱双葉山である。ライバルと言うにはあまりにも大きな差だ。
引退後さまざまな職業を転々とした。衆議院選挙に立候補して惨敗したりもしたが、晩年の境遇は寂しかったようだ。
残念ながら男女ノ川の銅像は見つからなかった。




実際の男女ノ川と筑波山
「筑波山の方から流れて来る」という写真を撮りたかったが、そういう場所は見つからなかった。
左が男体山、右が女体山
実際には女体山の方が若干高いのだが、早くから開けていたこちらの方向から見ると男体山の方が高く見える。
そんな理由で男体山と名付けられたのだろうと思う。普通は高い方を男体山と言うだろうと思うからだ。
2つの峰の鞍部を御幸ヶ原と言い、その直下が男女ノ川の源流である。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

papageno620

Author:papageno620
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア