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両国界隈

江戸時代初期は、大川(現在の隅田川)が武蔵国と下総国の境だった。
その2つの国に架けられたために両国橋と言う。
「両国」と言った場合、両国橋周辺一帯を指す場合もあるし、墨田区側のJR両国駅周辺を指す場合もあるだろう。
ここで紹介するのは主に両国駅周辺。現在の地名は「墨田区両国」だが、江戸落語で馴染みの深い「本所」という地名の方がしっくり来る。




JR両国駅と国技館
なかなかに味わいのある駅舎である。
現在の国技館は2代目で、1985年から使われている。
ちなみにここの地名は「横綱」ではなく「横網」である。




江戸東京博物館
菊竹清訓の設計で、1993年にオープンした。
4本の巨大な柱で全体を持ち上げた構造は、自邸である「スカイハウス」にその起源を求めることが出来るが、その巨大さへの志向は尋常ではない。
両国界隈の景観を損ねているという指摘もあるが、造形的には確かにその通りだろうと思う。




ピロティの向こうに国技館




回向院
明暦の大火(いわゆる振袖火事)の焼死者を弔うために造られた。
現在の本堂は現代的な建築となっている。




回向院境内にある力塚
江戸時代から、回向院境内では相撲興行が行われ、これが現在の大相撲に発展した。
そんな関係で、初代の国技館もこの場所にあった。
力塚は、力士の霊を祀るために日本相撲協会が建立したもの。




吉良邸屋敷跡(本所松坂町公園)
当時の吉良邸は8400㎡もの広大な屋敷だったが、今ではそのごく一部が残るのみである。
昭和9年、地元有志が一部を購入し、史跡公園として整備したものである。




芥川龍之介文学碑
この地で少年期を過ごした芥川の代表作「杜子春」の一節。




時津風部屋
両国と言う土地柄、相撲部屋も多い。
1990年代、出羽の海部屋と時津風部屋を見学する機会があった。
当時の出羽の海親方は元鷲生山、時津風親方は元大関豊山。
その当時の記憶を探りながら時津風部屋前にたどり着いた。
時津風部屋は、大横綱双葉山が相撲道場を開いたのが始まりである。現代的なビルになった現在でも「双葉山相撲道場」の額がかかっている。




元大島部屋
偶然見つけた大島部屋だが、現在、部屋は存在しない。
まむしの異名で活躍した大関旭国が開いた部屋は、色々な事情で閉鎖になってしまった。
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