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原爆の落ちた日【決定版】半藤一利/湯川 豊


原爆の落ちた日【決定版】
半藤一利/湯川 豊
PHP文庫 1000円+税

本書は、1972年に「原爆の落ちた日」(戦史研究会編)として出版され、1994年に「原爆が落とされた日」として文庫化されたものの解題・増補版である。

全3部構成を取り、
第1部では、1941年から44年まで、年ごとに各国の原爆開発を追う。
第2部では、1945年1月から8月のその日まで、月ごとに破滅に向かう日本と、巨額の予算を投じて原爆開発に突き進むアメリカの状況を丹念に追う。
第3部は運命の日の朝から2日後までの地獄図を描く。

660ページの大部で、テーマがテーマだけに「面白い」と言うのは語弊があるが、抑えた筆致で事実を書き連ねていく本書は非常に読みやすく、わかりやすい。
膨大な資料と取材によって、立体的に構成し、戦争とは何かを根源的に問うもので、全ての日本人必読の書と言っても良い。

なぜ日本は破滅に向かって突き進んでしまったのか。どこかで止まることが出来なかったのか。
一方に向かって行くと止まらないというのは、ある意味日本の病いなのではあるまいか。原発の再稼働問題などにも通じるような気がする。もとより原爆と原発はつながっているので、そこのところは飛躍ではない。

兵器というものの恐ろしさ。
作られれば、使われるのが兵器であり、それが戦争というものだと本書の中にもある。
アメリカの原爆開発は、ナチスドイツが原爆を持つことへの恐怖からスタートしたことは間違いないが、その恐怖が杞憂であるとわかってもその開発は止まらなかった。
マンハッタン計画は20億ドル(現在の20億ドルではない。当時のお金で20億ドル)という、目もくらむほどの巨費を投じて3発の原爆を作り、1発が実験で使われ、残り2発は実際に使用された。
原爆の使用は、最終的には軍事的な意味を離れ、政治的になり、使用すること自体が目的化して行く。
何10万人もの市民を犠牲にすることに対して、良心の呵責というものは全くなかったのだろうか。

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