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「文化芸術懇話会」に異議を唱える


画像は、モーツァルト作曲のクラリネット五重奏曲
レオポルド・ウラッハ(クラリネット)とウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団による1951年の演奏
本文とは関係ないが、「芸術」とはどういうものかを端的に示すために提示した。


自民党の中堅・若手議員による勉強会で、言論の自由を否定する発言が相次いだ問題については、すでに各方面から批判が相次いでいるが、そのあまりにも低レベルな内容について、改めては取り上げない。
より深刻な問題は、こういう発言をした議員に対して「厳重注意」という、痛くも痒くもない処分しかできない今の自民党の現状の方にあると思う。

本来ならば、議員罷免に当たる発言である。
なぜならば
 問題の議員は「言論の自由」を否定している
 「言論の自由」は憲法が保障している
 国会議員は憲法を守る義務がある

官邸サイドは「こういうことを言うのも言論の自由」
というようなことを言ったが、これはもう度し難いといか言いようがない。
もとより「言論の自由」というが、何でも許されるわけではない。
例えば人種差別に属する発言は許されない。
なぜならば、人種差別そのものが法の下の平等に反するものとして憲法上許されないからである。

「差別の禁止」と「言論の自由」の問題は、ヘイトスピーチに関しても議論された。
ヘイトスピーチを禁止している国も多い。
ヘイトスピーチを法律で禁止すべきかについては、言論の自由の観点から問題があるとする意見もあるが、日本国憲法の精神から見ると、私は禁止すべきであると考える。
それは差別の禁止の方が重要であると考えるからだ。
それについては異論もあるだろうが、憲法の解釈と言うのはそういう風に考えていくものだと思う。
ところがヘイトスピーチを法律で禁止すべきかという問題が俎上に上ったときに、自民党のある有力議員は
「国会前で行われている反原発デモにもそれを適用できないか」と言った。
これには正直唖然とした。

憲法第九十九条には
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
とある。
「国民」には憲法を守る義務はない。それが立憲主義というものの本質である。
そのことも全く理解していない国会議員が多すぎる。
安倍首相は、立憲主義そのものを古い考え方であると言ってのけた。これも驚くべき発言である。
自民党の憲法草案には、立憲主義の否定、基本的人権の制限など、より多くの問題がある。
そのことは改めて記事にしたいと思う

今上天皇は即位に際して
 「憲法を守る」
と言われた。
そのことを国会議員たちは今一度噛み締める必要があるのではないか。

なぜ国会議員の質がこれほど低下してしまったのだろうか。
話は飛躍するようだが、やっぱり小選挙区制が影響しているのは間違いない。
本来、自民党は自由で闊達な議論が行われるのが長所だったはずだ。
自民党内にも、現政権のやり方に内心反対の人は多いはずだが、そういう声は全く上がって来ない。
官邸に権力が中し過ぎた結果、異論を言える雰囲気にないのだろう。
何か言えば次回の選挙に公認されないかも知れないという恐怖が支配しているのだろうか。政治家として恥ずかしくないか?

・・・・・・

なぜこの記事を書こうかと思ったか
例の「勉強会」の名称が「文化芸術懇話会」というところに、看過できない違和感を覚えたのである。
 ”心を打つ「政策芸術」を立案し、実行する知恵と力を習得するための会”
ということが設立趣意書にある。
安倍首相の考え方に賛同し、応援してくれる文化人・芸術家を集め、首相の応援団としようという意図があるようだ。
賛同する文化人を講演者として探したところが見つからず、結局身内とも言える百田氏しかいなかったというところが実情らしい。
上の「設立趣意書」の意味するところはわかりにくいが、
 自分たちの思想に合った文化・芸術を推進して行く
という意向が明らかに見えるのは、断じて見過ごせない。

 自分たちの価値観で文化・芸術を色分けする
というのは、意に沿わないものを「退廃芸術」として切り捨てたナチスドイツの思想と全く同じである。
国家権力が文化・芸術に介入しようとすること。それは
 スターリン時代のソ連
 文革時代の中国(中国は今でも本質的に変わらないという見方もあるが)
 現在の北朝鮮
などで繰り返し行われているが、無価値なものしか生み出せなかった。

北朝鮮のニュース映像の中には、指導者を称える音楽とか、国民の士気を高揚させるための音楽などがよく流れているが、あのような音楽に心を動かされる人が果たしているだろうか。恐らくほとんどいないだろう。
芸術の価値というのは「自由であること」が絶対条件だと思うからだ。
自民党のある勢力はそういうところを目指しているのか?
あなた方が一番嫌っている体制ではないのか?


かの国が流している音楽を何千曲、何万曲集めてもモーツァルトのワンフレーズに及ばない。
それが誇張でないことは、クラリネット五重奏曲の冒頭数小節を聴いただけも明らかだろう。
嘘だと思ったら冒頭のレコードを真摯に聴いてみてほしいと思う。

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