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桂米朝師の訃報に接して


最近、桂枝雀の噺をよく聞いている。
枝雀は身振り手振りの多い、独特の語り口で人気があったが、1999年に自殺した。
彼の、実は本格的な落語が好きでよく聞いていたのだが、その死にショックを受けて、以後はあまり聞くことがなくなってしまった。
最近またよく聞くようになったが、その矢先に師匠の桂米朝が亡くなった。

米朝師は、戦後滅びかけていた上方落語の復興に力を注ぎ、「上方落語中興の祖」と言われている。
立川談志も米朝のことは尊敬していた。
米朝譲りの「持参金」のマクラで、
「ボロボロになった、それこそ右に左に飛び散ってしまったかけらを集めて来て、己という接着剤をそれに入れて、デザインも考えて作り上げた。大阪落語と言うものを立て直した上方落語中興の祖」
と、談志らしい言い方で絶賛している。


枝雀は重度の鬱病だった。
鬱病の落語家と言うのはつらいと思う。
自分は落ち込んで行くのに、客は笑わせなければいけない。
落ち込んで行くのを無視やり引き上げて行く過程があのオーバーアクションだったのだろうか。
「そのやり方ではしんどいやろ」と、米朝師も言ったという。

そう、枝雀と言うとマンガチックとも言われるオーバーアクションで有名だった。
端正で上品な語り口の米朝師とは、表面的には対照的だが、その噺をよく聞いてみれば、怖いほどに師匠の芸を受け継いでいることがよくわかる。
米朝にとって、自分の芸を引き継いでくれる枝雀という存在は極めて重要だったはずだ。
枝雀が死んだ時、NHKの追悼番組に出た米朝は「やっぱり私がやらなあかんのかな」と、しみじみ語っていた。
やはり枝雀がこうなることは、どこかで見通していたのだろうと思う。

そして今度は米朝師が逝ってしまった。
心の中に大きな穴が開いてしまった気分だ。


写真のLPレコードには
旅の噺の中でも、地獄巡りの大作「地獄八景亡者戯」、迫真の口演が聴ける「怪談市川堤」、とても奇妙な噺「次の御用日」の3編が収められている。
中でも「地獄八景亡者戯」は米朝の代表作とも言える。
この噺の中では、あの世で名人たちが勢ぞろいした寄席が開かれていて、桂米朝近日来演というくすぐりで笑わせているが、本当になってしまった。

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