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リヒテルのシューベルト(東京ライブ)


アナログレコードをデジタル化するに当たり、とりあえず取り出して見たのがこのLP。
スビャトスラフ・リヒテル、1979年来日公演のライヴ録音で、シューベルトのピアノソナタ第13番と第14番。(他に第9番と第11番がある)
懐かしいレーベルだ。
蓄音機に耳を傾ける犬の名はニッパーと言う。
飼い主の声が録音されたレコードに聞き入っている場面で、”His Master’s Voice”というのは本来、この絵のタイトルである。
日本ビクター、HMV、RCAなどの企業のトレードマークとして使われた。
HMVは”His Master’s Voice”の頭文字であることは言うまでもない。


「鉄のカーテンの向こうに凄いピアニストがいる」と噂されたリヒテルが初来日したのは1970年の大阪万博の時である。
そのあと、1974年に2度目、1979年に3度目の来日公演を行った。
飛行機嫌いのリヒテルは、常にシベリア鉄道と船を使って来日した。

79年の時は、NHK交響楽団の定期に出演、ブラームスのピアノ協奏曲第2番を演奏した。(指揮はフェルディナント・ライトナー)それがリヒテルを生で聴いた最初の体験である。
リサイタルも聴きたいと思い、チケットを購入した。
リヒテルは、事前にプログラムを明らかにしないことで有名だった。(クラシックの演奏会では、通常プログラムは事前に公表される)
その時もプログラムは未定だったが、演奏会の少し前に発表された。
そのプログラムが奮っている。シューベルトのピアノソナタ第9番、第11番、第13番、第14番。
かなり慌てた。「そんな曲があるのか」という感覚だった。
今だったら「珍しい曲が聴けるのが楽しみ」なんていう余裕もあるが、その時はとりあえず聴いておこうと思い、パウル・バドゥラ・スコダのレコードを探し出した。
スコダは、フリードリッヒ・グルダ、イエルク・デムスと並んで、ウィーンの三羽烏と呼ばれたピアニストで、今年、最後のコンサートとして来日した。

そのあとも数回の来日公演を聴いたが、プログラムにはいつも意表を突かれた。オール・リストとかオール・チャイコフスキーとか。
ホロヴィッツの演奏会とは根本的に違う。
ホロヴィッツの場合は、得意な曲をあまり脈絡なくつなげていくだけで、最後に超絶技巧を見せつける感じの演奏だった。(もちろん、ホロヴィッツの実演に接したことはない)

晩年はピアニストとしては異例の、暗譜ではなく、楽譜を見ながらの演奏だった。
ホール全体を真っ暗にし、ピアノだけにピンスポットを当て、楽譜をめくる係りの人を隣に座らせて演奏した。
来日の度に、照明はどんどん暗くなった。
そのうち、ピアノに蝋燭を立てて演奏するのではないかと、冗談半分に噂された。

ピアノはスタインウェイを使わず、ヤマハのコンサートグランドCFを用いた。(このレコードもヤマハ)
晩年、ヤマハの工場で、従業員のためにコンサートを開いたこともある。そのことはNHKで紹介された。
気難しい人のように思われていた。確かに笑った写真を見たことがない。
実際はとても繊細で、実直な人柄だったようだ。
ブラームスの協奏曲が終わったあと、もらった花束の中から数本抜いてチェロ奏者に手渡した光景を思い出す。(第3楽章にチェロのソロがある)

最後には水戸芸術館でのリサイタルが聴けるはずだったが、本人病気のため実現しなかった。


 
 

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