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ユリカモメ@霞ヶ浦

ユリカモメ
チドリ目カモメ科
体長40cm
撮影 2009.3.2 茨城県土浦市 霞ヶ浦湖畔

ユリカモメは東京都の鳥です。(東京都は忘れているかも知れませんが)
これは古典文学に登場する「都鳥」が、チドリ目ミヤコドリ科のミヤコドリ”Eurasian Oystercatcher”のことではなく、ユリカモメのことであるとされているからです。
都鳥=ユリカモメ説の根拠は、「伊勢物語」の中の東下りの中にあります。
在原業平が隅田川を下る途中に見た、見慣れない鳥の名を渡し守に問う場面です。
白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、『名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと』とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
お前は都鳥という名を持っているのならばぜひ聞こう。私の大事な人は今も生きているのか

この有名な歌に登場する「言問」という地名は、通りや橋の名に今も残っています。
東京の人にはお馴染みですね。

都鳥に関しては、昔からユリカモメ説とミヤコドリ説があり、現在ではユリカモメ説が有力とされています。
順番に検証してみましょう。
■色
白い鳥で、嘴と足が赤い、というのはユリカモメに合致します。
ミヤコドリは黒い鳥ですから、この記述とは正反対です。ただし、ここで業平が「白き」と「黒き」を間違えたとすれば合致します。
■時期
業平が隅田川を渡ったのは現在の4月下旬であるという説、あるいは7月か8月になっているはずという説もあります。
4月下旬ならユリカモメは北に旅立っているはずだ、というのがミヤコドリ説の論拠ですが、4月下旬にユリカモメがいるのは不思議ではありません。
7月だとするとユリカモメがいる可能性は少なくなります。
8月ならば、すでに秋の渡りが始まっている可能性があるので、不思議ではありません。
ただしこの時期には頭が黒い夏羽である可能性が高いと思われます。
結論として、4月下旬、夏羽への換羽が始まる前の個体であるならば、可能性が高いと思われます。
■大きさ
シギの大きさ、というのは曖昧な表現ですが、この時代、シギと言えばタシギのことだったようです。
 タシギ27cm
 ユリカモメ40cm
 ミヤコドリ45cm
と考えると、大きさの比較ではどちらも決定打を欠いています。
■場所
ユリカモメは内陸にも飛来するので、隅田川で見られるのは自然。
ミヤコドリは川ではあまり見られません。ただし、隅田川は東京湾に近いので、浅瀬であれば可能性はあります。
■行動
「水の上に遊びつつ魚を食ふ」というのは、ユリカモメの行動に近く、干潟で砂を突付くミヤコドリの生態とは違うようです。
■京には見えぬ
現在、ユリカモメは京都でも見られますが、この時代にはいなかったようです。
京都でユリカモメが発見されたのは1974年であるという報告があります。
ミヤコドリの分布はよくわかりませんが、現在よりも多かったという説もあります。
京で見られたかどうかは定かではありません。

以上の結果を見ると、やはりユリカモメ説が有利と思われます。

では、ミヤコドリ説の根拠はどこにあるのでしょうか。

「白き鳥の嘴と脚の赤き」というところですが、これを「黒き鳥」とすれば合致します。
「白き」と「黒き」を間違えるのは不自然ですが、平仮名で「しろき」と「くろき」ならば読み違える可能性はあります。増して活字ではないのですから。
この話とは別に、”Eurasian Oystercatcher”をミヤコドリと名づけたのは、その読み違いが元だと思います。

都鳥=ユリカモメ説が正しいとして、新たな疑問は
■なぜ「都鳥」と名づけられたのか。
ということです。
白くて美しいので、雅びな鳥という意味で名づけられたという説は無難ですが、面白い説があります。
幸田露伴説は「ミャーと鳴く小鳥」という意味です。
ユリカモメの鳴き声はミャーとは聞こえませんが、ウミネコと混同されているという説です。
ウミネコにしろユリカモメにしろ、小鳥と呼ぶには抵抗があり、「コ」は愛称であって、「ミャー子鳥」であるという説が面白そうに思えます。



成鳥冬羽



第1回冬羽
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