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フェルメール展

フェルメール展
東京、上野の森美術館で2月3日まで開催中



ヨハネス・フェルメール(1632~1675)は、16世紀オランダの画家で、同時代のオランダを代表するレンブラントと並び称される。

フェルメールは寡作で知られ、真作と認められているもの35点、真偽係争中の2点を含めても37点しか存在しない。
今回のフェルメール展(東京展)では、そのうちの9点が来日する。
ポスター等に9/35と書いてあるのはそういう意味である。
ただし展示替えがあるので、一度に見られるのは8点までとなる。

大阪展では6点の展示だが、東京展には出品されない「恋文」が含まれるので、一連のフェルメール展では10点が来日することになる。
2008年に東京都美術館で開催されたフェルメール展で展示されたのが7点だったので、今回が史上最大といわれる所以である。

会場は「上野の森美術館」
知らなかったのだが、この美術館はフジサンケイグループが運営している美術館で、今回の展覧会がフジサンケイグループの主催ということだ。

前売りで2500円と少々割高だが、これには音声ガイドの料金が含まれている。
混雑を緩和する目的で、日時指定のチケットを導入したが、これは今後同様の展覧会の参考になるだろう。
一日を次の6つの時間帯に区切り、指定された入場時間内に入場する方式で、入れ替え制ではない。

 9:30~10:30
11:00~12:30
13:00~14:30
15:00~16:30
17:00~18:30
19:00~20:00

自分は並んででも先頭グループで入る主義だ。
空いている時間帯にまずお目当ての展示を見てから、順路を逆にゆっくりと辿る。
今回も9:30のチケットを購入し、前から7人目ぐらいで入った。
今回の展示は、最初にフェルメール以外の作品を並べ、フェルメール作品は最後の「フェルメールルーム」で全てを一同に展示する。

まず2階に上がり、展示を見てから1階に下り、短い通路を経て「フェルメールルーム」に至るという順路設定だ。
狙い通り、人が少ない時間帯にフェルメール作品を一通り見ることが出来た。

そこから順路を逆に進むと、順路通りに見て行く人の集団に取り込まれた。
10時ごろになると「フェルメールルーム」が一番空いているという、変な状況になった。

残念なのは、とにかく展示スペースが狭いことだ。
実は、今回の展覧会は、フェルメール作品を含めて48点しかない。
それでも展示方法に余裕がなく、人混みをかき分けて進む感じだ。
「フェルメールルーム」自体もかなり残念なレイアウトで、一番最後に今回の目玉「牛乳を注ぐ女」があり、その隣は出口だ。
展示室の出口を出ると、これまた狭いショップがあり、通り抜けると通用口みたいな出口から出ることになる。


展示に不満はあるが、とりあえずこれまでに来日したフェルメール作品は、日本にある「聖プラクセデス」(真偽係争中)を含めて23点になった。(「取り持ち女」はこれから来日するので含んでいない)
自分がこれまでに見たフェルメール作品はこれで18点になった。逆に言うと5点見逃したことになる。

「取り持ち女」を見るためには、もう一度行くしかない。
「取り持ち女」の展示は1月9日から最終日の2月3日までと短い。
今回はフェルメール以外の作品がゆっくり見られなかったので、今度は順路通りに見ようかと思う。




立派な図録だ。こんなに立派でなくてもいい。
表紙は、今回東京には来ない「恋文」

トスカニーニ 最後のコンサート


トスカニーニ 最後のコンサート

ワーグナー
歌劇「ローエングリン」~第1幕への前奏曲
楽劇「ジークフリート」~森の囁き
楽劇「神々の黄昏」~ジークフリートのラインへの旅
歌劇「タンホイザー」~序曲とバッカナール
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕への前奏曲

アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団
1954年4月4日 ニューヨーク、カーネギー・ホール


指揮者が暗譜で指揮をするようになったのは、トスカニーニが最初だそうだ。
これは彼が類まれな記憶力の持ち主であったこともさることながら、極度の近眼であったことが関係していると言われている。

トスカニーニは、オーケストラのチェロ奏者だった。
リオデジャネイロでの公演の際、指揮者が急病で倒れ、急遽代役で指揮をしたのが指揮者としてのデビューだった。
彼はどんな曲でも暗譜していたため、「トスカニーニならば指揮が出来るだろう」と、白羽の矢が立ったわけである。
その日の演目は「アイーダ」だった。その指揮を見事にこなし、その後指揮者の道を歩むことになり、結果的に20世紀最大の指揮者の一人となるのだから、人間何が幸いするかわからない。

そんなトスカニーニも、晩年は記憶力の衰えに悩まされるようになり、1954年に引退を決意する。
3月25日に辞表を提出。辞意は29日に認められ、4月4日のコンサートが最後になることが決まった。
そのような経緯で行われたラストコンサートだったが、前日のリハーサルでも記憶違いから混乱が起きた。その様子は、このCDではない、別のCDには収められているらしいが、自分は所有していない。

当日のコンサートはラジオで中継された。

3曲目の「タンホイザー序曲とバッカナール」の演奏中、トスカニーニは記憶を失い、指揮をする手を止めてしまったのだが、CDで聴くことが出来る通り、演奏が止まったわけではない。ただ、異変を察知した放送のスタッフが中継を中止し、ブラームスの交響曲第1番の録音に切り替えたため、放送を聴いていた人は、演奏が中断したように聞こえたようだ。
実際、CDを聴く限りでは、止まった場所についてはわからない。ただ、この「タンホイザー」はすでにかなり前から管楽器の入りのタイミングがずれていて、明らかにおかしい。この時点で異変が起きていたようにも聞こえる。
トスカニーニはこの曲で指揮台を降りようとしたが、「まだマイスタージンガーが残っていますよ」と言われ、最後の曲を指揮したと言う。

予定通りではあったが、結局このコンサートが最後になり、3年後の1957年にその生涯を閉じた。
トスカニーニは、自分の後継者としてグイード・カンテッリに期待を寄せていたが、あろうことかカンテッリはトスカニーニより2か月早く、飛行機事故で死去してしまった。そのことはトスカニーニには伏せられていたと言う。

なお、このライブはステレオで録音された。フルトヴェングラーは間に合わなかったが、トスカニーニはかろうじてステレオに間に合ったわけである。
フルトヴェングラーはこの年の11月に亡くなった。月並みな言い方だが、1954年はひとつの時代の終わりと言えるだろう。

・・・・・・

トスカニーニ引退のエピソードで反射的に思い出すのは、八代目桂文楽の最後の高座である。
1971年、国立劇場小劇場で「大仏餅」の口演中に記憶を失い、「忘れました。もう一度、勉強し直して参ります」と言って下り、それが最後の高座になった。
「大仏餅」というのは三遊亭円朝作の三題噺と言われているが、あまり面白い噺ではなく、サゲもわかりにくいため、文楽がなぜこの噺を好んだのかはわからない。
文楽が記憶を失ったのは、登場人物「神谷幸右衛門」の名前であった。
別に、サゲに関わる名前ではない。適当な名前で良かったわけだ。志ん生ならばアドリブでこなしただろうが、文楽にはそれは出来なかったのだ。

ツツジが咲いている




茨城県笠間市 笠間つつじ公園

もうすぐ12月だというのに、ツツジが咲いている。
それもチラホラではなく、木によっては本格的に咲いている。
場所は笠間のつつじ公園。
関東でも有数のつつじの名所で、標高143mの山の一帯に、約8500本のツツジが植えられている。
紅葉とツツジは不思議な光景だ。ツツジ自体も紅葉している。
キリシマツツジの仲間だろうか。ヤマツツジは咲いていないようだ。

カモ類のカウント(乙戸沼) 11/29




2018.11.29
茨城県土浦市

その他見られた鳥
 コサギ
 アオサギ
 バン
 オオバン
 カワセミ
など

オーマンディのマーラー/交響曲第1番


マーラー/交響曲第1番「巨人」
R・シュトラウス/組曲「ばらの騎士」

ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団
1969年録音

ユージン・オーマンディはハンガリー出身。
初めはオーケストラのヴァイオリン奏者だったが、指揮者が急病で降板したため、代役で指揮を務めたのが指揮者としてのデビューだった。そのあたりの事情はトスカニーニに似ている。
1931年、トスカニーニの代役としてフィラデルフィア管弦楽団を指揮したのも何かの因縁を感じる。
1938年、フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任。以後42年の長きに渡ってその職にあった。
オーマンディが指揮するフィラデルフィア管弦楽団の華やかな音色は「フィラデルフィア・サウンド」と呼ばれ、名を馳せた。
オーマンディはフィラデルフィア管弦楽団を世界一流のオーケストラに育て上げ、独墺系を中心に膨大な録音を残したが、その評価は意外に高くない。
同様に膨大な録音を残したカラヤンやショルティのように、毀誉褒貶が激しいわけでもない。考えて見ると不思議である。

20世紀の代表的指揮者の名前を挙げていく。
フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、クナッパーツブッシュ、バーンスタイン、カラヤン、クレンペラー、ベーム、ミュンシュ、クリュイタンス、バルビローリ、、、などと指を折っても、オーマンディの名はなかなか出てこない。
その業績を考えれば、大指揮者と言って差し支えないと思うのだが、思うに「フィラデルフィア・サウンド」というのが軽く見られているのだろうか。
オペラをほとんど指揮しなかったことも影響しているかも知れない。
協奏曲に優れた録音を多く残しているのが、逆に個性を感じさせないのかも知れない。合わせ上手、というのは大指揮者には少ないのだ。

マーラーに関しては多くの録音を残していない。
1番の他には、2番、「大地の歌」、10番ぐらいだろうか。
10番はデリック・クックによる復元版で、これが復元版による最初の録音だそうだ。
1番も比較的珍しい「花の章付き」である。そのあたりにオーマンディのこだわりが感じられるようだ。

カップリングはR・シュトラウスの組曲「ばらの騎士」が入っている。

再び乗鞍高原





再び乗鞍高原
撮影 2018.10.21
長野県 乗鞍高原

天気がいいので、もう一度乗鞍高原に戻って来た。
時刻は12時30分ごろ。
昨日は色々苦労したまいめの池周辺だが、やっぱり晴天は気持ちがいいものだ。
もう少し廻りたいところだったが、この日は早く帰らなければならないので、残念ながらこれで終了。


次回は日光から、霧降の滝

バーンスタイン 最後のコンサート


バーンスタイン 最後のコンサート

曲目
ブリテン/4つの海の間奏曲
ベートーヴェン/交響曲第7番

レナード・バーンスタイン/ボストン交響楽団
1990年8月19日 タングルウッドでのライヴ


あまり意識していなかったのだが、今年はバーンスタインの生誕100年だった。
これは、死の2か月前に行われたタングルウッドでのコンサートの記録である。
この日、体調が思わしくなかったバーンスタインは、前半のブリテンは何とか持ちこたえたが、ベートーヴェンでは、後半腕も上がらなくなり、コンマスとアイコンタクトで指揮をし終えたと言う。
ベートーヴェンの交響曲第7番は、その異様なほどに遅いテンポが目立つ。指揮者の体調はオケの音にも影響を与えるのだろう。明らかに疲れ切った感じが聴いていてつらいほどだ。

ブリテンは名演だと思う。もともと死の影が忍び寄る作品だけに、余計にそう感じるのかも知れない。

上高地帝国ホテル

上高地帝国ホテル
撮影 2018.10.21
長野県 上高地






上高地帝国ホテルは、1933年に日本初の本格的山岳リゾートホテルとして開業した。
河童橋から1.1kmほど手前の、静かな森の中にある。
ホテルのシンボルである、真紅の屋根が緑に映えて美しい。穂高連峰を背景に、ちょっとありえないほどのロケーションだ。
ここはさすがに料金も高く、敷居も高いので、気軽に行けるのはギフトショップだけだ。







時刻は11時過ぎ。まだ早いが、あとの予定もあるので、これで上高地を後にする。
タクシーを探すと、ちょうど3人連れがいた。


次回は再び乗鞍高原から

中ノ瀬園地






中ノ瀬
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

再び中ノ瀬園地に戻って来た。
ここから見る風景はヨセミテによく似ている。
10年ほど前から、特にお気に入りの場所になっている。
カラマツの黄葉が美しいからか、撮影する人が増えた。


次回は上高地帝国ホテル

再び河童橋附近から




河童橋附近から
撮影 2018.10.21
野県 上高地

9時半過ぎ。
河童橋周辺に陽が当たり始め、一気に気温が上がり、あたりは晩秋の爽やかな空気に包まれる。

上高地のホテルはどこも高いが、河童橋を渡った先にある白樺荘と西糸屋山荘は”比較的”リーズナブルに泊まれるホテルだと思う。
白樺荘は穂高連峰の眺望を独占するような位置にある。穂高側のテラスがある部屋からの眺望は、ちょっとありえないほどの絶景だ。

河童橋は、芥川龍之介がここを訪れた経験から、小説「河童」を執筆したことから名づけられたという説もあるが、実際のところはよくわかっていない。


次回は中ノ瀬園地から

穂高の稜線をヘリコプターが飛ぶ

撮影 2018.10.21
長野県 上高地



穂高の稜線附近を飛ぶ長野県警のヘリコプター。
ユーロコプター AS365N3(JA110E)
AS365は愛称を「ドーファン」と言う。フランス語でイルカのこと。

事故などではなく、通常のパトロールだと思われる。さぞ絶景のフライトだろうと思う。




右のピークが奥穂高岳の山頂で、穂高神社の祠が見える。
祠の下に1人、左に3人(?)の登山者。
ヘリの真上のピークに1人。左のピークに2人の登山者が見える。







広角で見ると豆粒のようだ。

ちなみに奥穂高岳までの距離はちょうど5000mほど(沿面距離)

穂高と焼岳の眺望

穂高と焼岳の眺望
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

陽が当たって来るまでの間、しばし山岳風景を楽しむ。







矢印が奥穂高岳(3190m)

先日、NHKの番組で、南アルプスの間ノ岳を「日本3位の高峰」と紹介していたので、おやっと思った。
「日本3位の高峰」は奥穂高岳だったはずだが?

調べて見ると最新の国土地理院の地形図では、間ノ岳の標高は3189.5mとなっていて、四捨五入すると3190mとなり、奥穂高岳と同点3位になっていたのだった。
以前の地図では3189.3mだったので、20cm高くなったおかげで順位を上げたわけだ。




北アルプスで最も活発な火山、焼岳(2455m)




河童橋に陽が当たるまであと10分ほど。


次回も河童橋附近から

河童橋附近



河童橋附近
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

ターミナルから河童橋まで、約400m。
大正池から3.6kmほど歩いたことになるが、標高は9mしか上がっていない。
2.5パーミル程度という、極めてゆるやかな流れである。

時刻は8時45分ごろ。
河童橋に陽が当たるには、もう少し時間がかかるだろう。


次回は穂高と焼岳の眺望

ワーグナー/管弦楽曲集(フルトヴェングラー指揮)




ワーグナー/管弦楽曲集
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮

曲目
1 歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
2 歌劇「タンホイザー」序曲
3 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
4 歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲
5 楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕への前奏曲

録音
1 1949年3月30日~4月4日
2 1952年12月2~3日
3 1949年4月1~4日
4 1954年3月4日
5 1952年6月10~22日

表にはVPOとBPOと書いてあり、裏には、*が付いた5曲目のみベルリン・フィルと書いてある。
冊子の中には、ベルリン・フィルではなくフィルハーモニア管弦楽団と書いてあるが、*が付いていない。
事実は5曲目のみフィルハーモニア管弦楽団が正しいのだが、実にいい加減なものだ。
CD初期の1980年代、3300円で売られていたものである。
「第1集」と書いてあるから「第2集」もあったのだと思うが、定かではない。
どちらにしても寄せ集めで、時間が余ったから入れたという感じが濃厚だ。確かに43分で3300円は高いと思ったのだろうか。

1~4曲目は単独で録音されたものだが、5曲目だけは全曲録音からの抜粋である。
それどころか、これは「トリスタン」の歴史的録音で、今でも決定盤と評価する人が多い。
不世出のワーグナー歌手キルステン・フラグスタートが、どうしても最高音が出せず、2音だけシュワルツコップに出してもらったという、「差し替え事件」でも有名な録音。
その経緯が表に出てしまったため、フラグスタートの引退にまでつながった「事件」である。


久しぶりに全曲盤を聴いてみようかと思った。

茨城県フラワーパークのイルミネーション





撮影 2018.11.17
茨城県石岡市 茨城県フラワーパーク

2019年1月14日まで開催中
17時~21時(開場16:30)
入場料 700円

梓川河川敷から



梓川河川敷から
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

このあたりで梓川は2回、直角に方向を変える。
そのためか、小石が堆積して広い河川敷が出来ている。

この日、松本市の最低気温は4.3℃だった。上高地の記録はわからないが、標高差を考えると氷点下1~2℃程度かなと思う。
まだ寒さに慣れていない上に、長時間カメラを構えていたためか、特に手の冷えがひどく親指の感覚が麻痺してしまったようだ。
ここで体調を崩しては元も子もないので、少し休んで体を温めることにした。

田代橋からバスターミナルまで約1.2km。
2階の食堂で暖かいコーヒーを飲み、ようやく人心地がついた。


次回は河童橋附近から

旧井筒屋本館と菊まつり






旧井筒屋本館は明治時代から続く老舗旅館だったが、東日本大震災で被災、やむなく廃業に至った。
市は旅館としての再建を望み、民間業者を公募したものの、建物の傷みが激しく、採算が取れないなどの理由で断念した。
3年前、歴史交流館として再整備することを決定し、市が購入した。

建物は耐震化した上で14m後方に移転し、今年の4月、オープンした。
1階には観光インフォメーションセンター、2階には歴史展示コーナーを設置している。
移転の跡には稲田御影石を用いた広場を整備した。

折しも笠間では菊まつりを開催中(25日まで)
笠間稲荷神社の門前通りの突き当りにあるので、アクセスも良い。

穂高橋から


穂高橋から
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

田代池から約1km。
梓川に田代橋、穂高橋という、2つの橋が架かっている。
朝、橋の上から見る風景は、穂高の吊尾根に斜光線が当たり、まさに絶景だ。
手前には上高地温泉ホテルが見える。

橋を渡らずに梓川右岸を行くか、橋を渡って梓川左岸を行っても良い。左岸を行くと有名なウエストンレリーフがある。


次回は梓川河川敷から

田代池




田代池
撮影 2018.10.21
長野県 上高地

田代湿原のビュースポットから、右に木道が60mほど伸びている。
田代池は梓川に流れ込む小さな沢の水がたまっている場所である。
オシドリが佇んでいたりすると絵になるのだが。

雲が面白い形にたなびいたが、すぐに消えてしまった。


次回は穂高橋から

リスト作品集(ホルヘ・ボレット)


収録曲
1 愛の夢第3番
2 2つの演奏会用練習曲~第2曲「小人の踊り」
3 3つの演奏会用練習曲~第3曲「ためいき」
4 詩的で宗教的な調べ~第7曲「葬送曲」
5 パガニーニによる大練習曲~第3曲「ラ・カンパネラ」
6 2つの演奏会用練習曲~第1曲「森のささやき」
7 半音階的大ギャロップ
8 スペイン狂詩曲
9 タンホイザー序曲(ワーウナー作曲、リスト編)

ホルヘ・ボレット(ピアノ)
録音 1972~73年


ホルヘ・ボレット(1914年11月15日-1990年10月16日)はキューバ生まれのピアニスト。今日は生誕104回目に当たる。
超絶技巧の持ち主として知られ、特にショパンとリストの演奏に定評がある。
このCDは、ボレットの未発表の録音として、2002年に発売されたものである。

アマゾンなどでは「愛の夢&ラ・カンパネラ リスト名演集」と銘打っているが、このCDの目玉は何といっても「スペイン狂詩曲」と「タンホイザー序曲」だろう。
特に「タンホイザー序曲」の超絶的な演奏は鳥肌ものだ。
リストはベートーヴェンの交響曲のピアノ版編曲なども手掛けており、この「タンホイザー序曲」は編曲ものとしては代表的なものだ。
演奏は困難を極め、リスト本人ですら、演奏途中で休憩したと伝えられる。
超絶技巧のボレットにしても難しそうな曲だ。
何より、2本の腕、10本の指でこのような表現が可能であることに、心底驚かされた。

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