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去年の撮影から-松源寺の桜


松源寺の桜(2009年4月撮影)
長野県高森町

南信州というところは、とてもゆったりとした時間が過ぎていくような感じがする場だ。
毎年このような風景に出会えることを感謝したいと思う。


桜の開花とともに、寒波が押し寄せて来た。
明日(日付が変わってしまったので、もう今日か)桜の撮影に行くのだが、天気が心配。

去年の撮影から-栖林寺のシダレザクラ


栖林寺のシダレザクラ(2009年4月撮影)
長野県駒ヶ根市

深田久弥に習って、仮に「日本百名桜」を選ぶとしたら、駒ヶ根から3本選ぶことになるかも知れない。
もちろん、ここまでの3本であることは言うまでもない。

去年の撮影から-栗林の大シダレ


栗林の大シダレ(2009年4月撮影)
長野県駒ヶ根市

この桜はまだあまり知られていない。
中央アルプスをバックに咲く姿は絶品そのものである。
南信州は、一本桜巡りにとっては聖地のような場所。

去年の撮影から-吉瀬のシダレザクラ


吉瀬のシダレザクラ 2009年4月撮影
長野県駒ヶ根市

東京の桜も、今日開花宣言が出たようです。
今年の桜も早いようですが、このあとは足踏み状態になる可能性もありそうです。

ここ2年ほど、南信がメインでしたが、今年は北信を廻りたいと思っています。
出来れば福島も、ですが去年のように早いと、時期を逸してしまいます。
ここしばらくは開花情報に一喜一憂の毎日でしょう。

・・・・・・

吉瀬のシダレザクラは、最近人気の桜である。
雑誌の表紙を飾るまでになって来た。
ここはわかりにくい上に駐車スペースが狭い。
あまり人気が出るのも痛し痒しである。
今のうちに、もう一度撮影し直したいのだが。。。

八幡のシダレザクラ(福島県猪苗代町八幡)

八幡のシダレザクラ
福島県猪苗代町八幡
撮影 2009.4.29

数年前、ブログでお世話になっている「山嵐さん」の記事にこの桜があった。
是非とも見たいと思っていた桜である。

山嵐さんの記事はこちら↓
http://blogs.yahoo.co.jp/abukuma2005/47042727.html


実際に行ってみると、かなり広い墓地に数本の古木が点在していた。



背景に磐梯山が見える絶好のロケーションである。



見上げてみる。
古木ならではの風格。



形のいい1本を、別の桜越しに見る。

・・・・・・

この桜を教えていただいた山嵐さんに感謝を申し上げて、今年の桜紀行を終わりにしたいと思います。
今年も長々と見ていただき、ありがとうございました。
来年もまた、数々の桜に出会えることを願っています。

隣松院の桜(福島県猪苗代町)


隣松院の桜
福島県猪苗代町三郷
撮影 2009.4.29

これはたまたま前を通ったので目に付いた桜である。
境内に2本の桜があった。
小ぶりな桜だが、樹齢は100年ほどらしい。
根本をアスファルトで固められているのがちょっと痛々しい。


次回は今年の最終回、八幡のシダレザクラ

越代の桜(福島県古殿町越代)

越代の桜
福島県古殿町越代
撮影 2009.4.29

今年は4月下旬に福島方面での撮影を考えていた。
郡山か二本松、という計画だったが、今年の開花が異常に早く、計画は頓挫してしまった。
ならば土湯でミズバショウを見て、ついでに遅咲きの桜を何本か撮影しようと考えた。

となると外せないのがこの桜である。
数年前に訪れた時はまだまだだった。
本来は5月上旬が見頃なので、これでも1週間ほど早い。
樹齢450年の堂々たるヤマザクラは、林野庁の「森の巨人たち100選」に、ヤマザクラでは唯一選ばれている。



前面の県道から見上げる姿



後ろ側に廻る道がつけられている。
背面も見事な姿だが、なぜかこちらから撮影する人はいない。


次回は猪苗代町、隣松院の桜

大戸の桜(茨城県茨城町大戸)


大戸の桜
茨城県茨城町大戸
撮影 2009.4.10

信州方面への撮影に出かける前の日に撮影したものである。
茨城県では唯一の、国指定天然記念物のヤマザクラ。
往時は枝張り1000㎡と言われるほどの樹勢を誇っていたらしい。ということは、樹冠の直径は30mを越えていたことになる。
現在ではかなり弱ってしまったのが惜しい。

次回は福島に移り、越代の桜

新田の桜(岐阜県恵那市上矢作)


新田の桜
岐阜県恵那市上矢作
撮影 2009.4.12

ひよもの桜を過ぎると、道が急に狭くなった。
くねくねとした山道をしばらく進むと、国道に出る。
上矢作の中心地を過ぎ、さらに奥に進むと、小さな山里の集落の中に、新田の桜が見えてきた。

樹齢450年、樹高24mの堂々たる桜。
前回のひよもの桜と同様、個人所有の桜である。
伊勢湾台風の影響で大枝が2本折れてしまったらしいが、そんなことは感じさせない立派な姿だった。

この桜を最後に2日間の撮影を終え、帰路につく。
この日は根尾から始まり、大垣附近、恵那周辺を走り回り、最終的には中央道の恵那から長野道、上信越道を経由、関越道の渋滞を避けて北関東道経由で帰った。
この日は1日で794km、出発から3日間で1575kmという、とんでもない距離を走ってしまった。

次回は出発前に撮影した、茨城県の大戸の桜を紹介する

ひよものシダレザクラ(岐阜県恵那市串原中沢)

ひよものシダレザクラ
岐阜県恵那市串原中沢
撮影 2009.4.12

ずっと「ひもよ」だと思っていたが、今回「ひよも」であることがわかった。
どちらにしても不思議な名前である。
これは三宅家という個人が所有する桜で、「ひよも」とは三宅家の屋号だった。
「日向」の意味だそうだ。

明智方面から東に県道を進むと、左手の急な斜面に小さな集落があり、その背後に桜があるのが見えた。
車を停められるかどうかわからないので、歩いて上る。
実際には駐車場が用意されていた。

急な坂道の突き当たりに三宅家がある。
桜はその奥の墓地にあり、三宅家の庭先を通らせていただくことになる。



墓を守るために植えられた桜は、樹齢300年ほど。
とても大事に守られている様子が伺える。
「ひよも」の名の通り、南西に開けたところでとても日当たりがいい。
檜の緑を背景に浮かび上がる桜はとても美しいが、やっぱり2~3日遅かったようだ。




撮影の後、三宅家の方とお話する機会を得た。
茨城から来たと言うと、とても歓迎してくださった。(娘さんが水戸にいらっしゃるとのこと)
昨日は千葉の人が撮影に来られたらしい。
見ず知らずの見物客をとても暖かく迎えてくれる、その人柄に心底感激した。

次回は新田の桜

釜谷のシダレザクラ(岐阜県恵那市山岡町)


釜谷のシダレザクラ
岐阜県恵那市山岡町
撮影 2009.4.12

岩村の農村集落風景を眺めながら、一旦西の方に向かう。
明智に「大正村」というところがあって、その附近に何本かの桜があるはずだったが、見当違いのところを探したらしく、結局わからなかった。よくあること。
少しルートをはずれ、釜谷のシダレザクラの撮影をする。
これは道路沿いにあって、簡単にわかった。


次回はひよものシダレザクラ

阿弥陀堂のシダレザクラ(岐阜県恵那市富田)


阿弥陀堂のシダレザクラ
岐阜県恵那市富田
撮影 2009.4.12

経塚から先に進み、附近の桜(他にも何本かあるようだった)を探して歩く。
この桜は道路沿いにあるのですぐわかった。
「阿弥陀堂のシダレザクラ」という名前は定かではないが、HPなどを見る限り、この木のことだろうと思う。

次回は釜谷のシダレザクラ

経塚のシダレザクラ(岐阜県恵那市岩村町)


経塚のシダレザクラ
岐阜県恵那市岩村町富田
撮影 2009.4.12

岩村町富田の農村景観は「第7回日本のむら景観コンテスト」(1999年)の集落部門で農林水産大臣賞(最高賞)を受賞した。
そのタイトルは「田園の夕暮れ」

ゆるやかに傾斜した盆地の中に、昔ながらの農家や土蔵が点在する農村景観が郷愁を誘う風景である。
この地域には何本ものシダレザクラが点在しているが、実際にはなかなか探しにくかった。
その中でこの吉田川経塚は、周辺に障害物がないので、特に目立つ1本だった。


次回は阿弥陀堂のシダレザクラ

揖斐二度桜(岐阜県大野町)



揖斐二度桜
岐阜県大野町南方
撮影 2009.4.12

岐阜県には、国指定天然記念物の桜が4本ある。これは全国一多い。
「中将姫誓願桜」「根尾谷の淡墨桜」に続き、この記事で3本続けて紹介したことになる。
残り一本は宮村の「臥龍桜」。いずれ見たい桜である。

ヤマザクラの変種で、一つの木に一重と八重の花が咲く。
八重の花は、一度しぼんでから再び開花するので、二度桜と名づけられている。
一般的に言う二度咲きとは異なる。
なお、二度咲きするのは1本の桜に数個だけである。
今年、1本が追加指定になり、そのイベント準備が行われていた。

次回は経塚のシダレザクラ

根尾谷の淡墨桜(岐阜県本巣市)

根尾谷の淡墨桜
岐阜県本巣市板所
撮影 2009.4.12

言わずと知れた日本3大桜のひとつ。
三春滝桜と山高神代桜は何度も見ているが、この桜は初めてである。
もちろん、毎年狙ってはいたのだが、なかなか時期が合わず、今年こそと意気込んで行ったが、やっぱり2日ほど遅かったようだ。

推定樹齢は1500年
山高神代桜の、推定2000年には及ばないが、日本最古に近い桜には違いない。
何度も枯死の危機にさらされたが、その都度関係者の努力により再生した。
特に1948年の文部省による調査では、3年以内に枯死という危機的状況だった。
その後も1959年の伊勢湾台風で大打撃を受け、作家宇野千代らが奔走して再生した。

蕾のときは薄いピンク、満開の時には白、散りぎわには特異の淡墨色になる。
樹高16.3m、目通り9.9m、枝張りは東西26.9m、南北20.2mという、堂々たる桜である。



午前5時に現地着。
すでにカメラマンや観光客がが数十人。
満開の時期を過ぎ、花つきはやや寂しく、空抜けになると見栄えがしないので、自然遠巻きに引いて撮影する人が多かった。






淡墨桜の絵で名高い中島千波によれば、古木の真骨頂は花ではなく、幹にあるという。
古木を見続けている私には、わが意を得たりという言葉である。

午前7時撤収
根尾にあるもうひとつの天然記念物を見て、次の目的地へ。


次回は揖斐二度桜

中将姫誓願桜(岐阜県岐阜市)

中将姫誓願桜
岐阜県岐阜市大洞 願成寺
撮影 2009.4.11

園原から中央道に乗り、岐阜に向かう。
小牧JCTで間違え、名古屋方面に向かってしまい、春日井で下りた。
新しく出来た東海環状で行けばよかったのだ。
中将姫誓願桜に着いた頃には、ちょうどライトアップの時間になった。



樹高8.1m、根元の周囲1.5m
ヤマザクラの変種で、花弁の数が20~30弁もあるという珍しい桜。
国の天然記念物に指定されている。

この桜にまつわる伝説はこうである。
藤原鎌足の曾孫、藤原豊成という人に、美しい娘がいた。美貌と才能に恵まれ、9才の時には孝謙天皇の前で琴を弾き、15才の時には三位中将の位までいただいた。それ以降、中将姫と呼ばれるようになった。
豊成は橘奈良麻呂が起こした反乱に関与したとして、九州に流罪となり、姫は継母に命を狙われたが、危うく難を逃れ、あちらこちらをさまよい歩いた。
姫は美濃の国大洞の里の願成寺への参詣を思い立って、はるばるこの地を訪れた。ところが、長い旅の疲れと折からの冷え込みのために婦人病にかかって苦しみ、なかなか治らないので困り果てた姫は、この寺の観音様に救いを求め、一心に祈った。すると不思議なことに、病気はたちまち快癒してしまった。姫は大層喜び、境内に一本の桜を植えて、真心を込めて祈った。「桜よ、お前は私に代わって、いつまでもこの観音様をお守りしておくれ。そしてそのご威徳を美しい花で末永く飾っておくれ。」

この話は1250年ほど前のことである。
現在の桜は樹齢500年と言われているので、何代かあとの子孫ということになる。

次回は根尾谷の淡墨桜

杵原学校のシダレザクラ(長野県飯田市)



杵原学校(旧山本中学校)のシダレザクラ
長野県飯田市竹佐
撮影 2009.4.11

ここは映画「母べえ」のロケ地になった。
1949年建築の校舎は、国登録有形文化財に指定されている。
同校は85年に統合のため廃校。さらに2001年、地元住民がスポーツで使っていた校舎脇の体育館が大雪で倒壊したが、今年再建された。
樹齢は70年程度と若いが、非常に整った形の桜。
木造校舎にシダレザクラという、郷愁を誘う風景である。
この校庭に立つと、我々の時代は何かを置き忘れて来たのではないかと感じる。

次回は岐阜県に移り、中将姫誓願桜のライトアップ  

三穂の桜と立石寺前のシダレザクラ(長野県飯田市)

■三穂の桜(柳桜)
長野県飯田市伊豆木
■立石寺前のシダレザクラ
長野県飯田市立石
撮影 2009.4.11

街中に名木の桜が多い場所としては、福島県の三春町が有名だが、長野県飯田市も負けてはいない。
ここの面白いところは、美術館の庭とか、裁判所の裏手といった場所に古木が存在することである。
ただ、飯田の桜は早咲きのため、4月上旬が見頃である。
今回は中心部はやめ、郊外を廻ってみた。



三穂地区にある桜
バス停の名前は「柳桜」とあった。
ウェブ上で「三穂三桜」という名前があったが意味不明なので、タイプミスの可能性があると思う。



そのあとは立石地区に行く。
立石寺前のシダレザクラは、推定樹齢700年、市内では愛宕神社の清秀桜(推定樹齢800年)に継ぐといわれる。



立石地区は、棚田の向うに南アルプスが見えるという、贅沢な山里の風景。

この先は道が狭い上にわかりにくく、迷ってしまったので、結局もとの道を引き返した。

次回は杵原学校(旧山本中学校)のシダレザクラ

くよとのシダレザクラ(長野県飯田市)


くよとのシダレザクラ
長野県飯田市毛賀
撮影 2009.4.11

「くよと」とは不思議な名前だが、供養塔のことらしい。
土地の人が古くから言い慣わしてきた名前だと思う。
名木というのは、その名前にも趣があるものである。

飯田周辺の桜は開花が早いので、すでに見頃は過ぎている。
とは言え、前面の道路を越えて伸びる枝振りはとても素晴らしい。

毛賀の交差点を右折、すぐ右方向に折れると桜の下を通る道になるのだが。。。
乗用車がやっと通れる、というより、通れるかどうか不安なほど恐ろしく狭い道だった。
駐車スペースなどあるべくもなく、結局桜の下を通り抜け、その先から回り込んで桜の下に出た。
この道は危険なので、入り込まない方が無難。
この写真の右に伸びている枝の下をその道が通っている。

次回は飯田市郊外の桜を2本

瑠璃寺の地主桜(長野県高森町)



瑠璃寺の地主桜
長野県高森町大島山
撮影 2009.4.11

源頼朝公寄進の桜の子孫で、樹齢は200年ほどと言われる。
この「地主桜(じしゅざくら)」という名前の由来はよくわからないし、境内に数本ある桜のうち、これがそうなのかもわからない。
京都に地主神社というのがあって、そこに地主桜という桜があると言う。
それと何かの関係があるのかも知れない。

高さもあり、樹勢も盛んで、非常に見ごたえのある桜である。

次回はくよとのシダレザクラ

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