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南原中学校のカスミザクラ(山形県米沢市)


南原中学校のカスミザクラ
山形県米沢市
撮影 2015.5.2

米沢から山形市内に向かう途中、偶然見つけた桜。
中学校の正面に立つ桜である。
樹種はカスミザクラのようだ。
カスミザクラは、ヤマザクラとオオヤマザクラの中間のような種類。
新緑の山中で、霞がかかったように見えることからカスミザクラの名がある。


これで今年の桜紀行を終わります。
長々と見ていただき、ありがとうございました。
今年は66本の桜を載せることが出来ました。

檜原の一本桜(福島県北塩原村)



檜原の一本桜
福島県北塩原村
撮影 2015.5.2

標高の高い裏磐梯高原だが、今年は春の訪れが早く、この日は新緑が一番きれいな時期に当っていた。
檜原の一本桜は、最近知られるようになって来たオオヤマザクラである。
標高は870mほどあるので、この時点ではまだ見頃にはなっていない。
これでもかなり早いらしい。
背景の新緑とのコントラストは非常に美しかった。


次回は山形県米沢市から、南原中学校のカスミザクラ

友野家墓地のシダレザクラ(長野県佐久穂町)



友野家墓地のシダレザクラ
長野県佐久穂町
撮影 2015.4.25

これを撮りに行ったら、農作業をしていたおじさんに「墓を撮りに来たか」と聞かれてしまった。
上方落語の「天神山」に、墓を見ながら酒を飲む変わり者が出て来るが、そういう人物に見られたようだ。
撮影しにくい桜だったが、引いて撮るとなかなか良い雰囲気だ。


これで今回の撮影は終了。次回は福島県から1本だけ、檜原の一本桜。

星野家墓地のシダレザクラと向原のシダレザクラ(長野県佐久穂町)

星野家墓地のシダレザクラと向原のシダレザクラ
長野県佐久穂町
撮影 2015.4.25






星野家墓地のシダレザクラ
前回の桜から、遠目にも立派な桜であることはよくわかった。
これも墓地に咲く墓守の桜。
背後に森を背負っているせいか、非常に背の高い桜である。







向原のシダレザクラ
この桜がそうであるのかは定かでない。
一応名のある桜だが、余りにも残念な状態だった。
こんな形でも生きているということに、樹木の持つ計り知れない生命力を思う。
前景のスイセンの姿に、大事にされていることがうかがえる。


次回は友野家墓地のシダレザクラ

草間家のシダレザクラ(長野県佐久穂町)



草間家のシダレザクラ
長野県佐久穂町
撮影 2015.4.25

この周辺にも桜の古木は多いようなのだが、情報が少なくて場所がわかりにくい。
墓守の桜など個人所有の桜が多く、カメラマンが集まるようなところではないので、それは仕方がないのかも知れない。

これも個人所有の桜で、やや高台にあるが、非常に形のいい桜である。
周辺が若干荒れているのが残念なところだ。


次回は星野家墓地のシダレザクラと向原のシダレザクラ

川久保のシダレザクラ(長野県佐久穂町)



川久保のシダレザクラ
長野県佐久穂町
撮影 2015.4.25

御代田の次に軽井沢の神宮寺に向かうことも考えたが、そうすると神宮寺1本で終わってしまう。
まだ時間も早いので、旧佐久町の数本を廻って見ることにした。

今は八千穂町と合併して佐久穂町になっているが、以前は佐久市の隣に佐久町があった。
十国峠に向かう国道299号線沿いに立つ桜で、街道沿いにあるために非常に目立つ。
墓守の桜であるようだが、上の方の枝が最近切られたようだ。


次回は草間家のシダレザクラ

一里塚のシダレザクラ(長野県御代田町)





一里塚のシダレザクラ
長野県御代田町
撮影 2015.4.25

「1間は何メートルですか」という質問がよく知恵袋などにある。
現在の定義によると5.5間=10mなので、1間=1818.18…という循環になるが、一応1818mmと考えて良い。
建築の設計では、慣例として1820mmが使われる。
1里=36町=2160間=3926.88mという計算が成り立つ。
1里=4kmと一般的に言われるが、おおよそ間違いではない。
1里ごとに設置された里程標が一里塚である。

アメリカではマイルが使われているので、同じ意味のものとしてマイルストーンがある。
1マイル=1760ヤード=5280フィート=63360インチ=1609.344mである。(1インチ=25.4mm)

一里塚は昔の遺構が残るだけだが、今実際に使われているものとしては、高速道路のキロポストがこれに近い。
一里塚が全国的に設置されるようになったのは江戸時代で、日本橋を起点として各街道に設置された。
中山道御代田の一里塚は、軽井沢追分の一里塚の次に位置するもので、現在残る一里塚は現中山道から7mほど離れているため保存状態はよい。
ちなみに現在の地図で御代田と追分の一里塚の距離を計測してみると、約4.4kmだった。

一里塚に木を植えるのは、遠くからも目立つし旅人に木陰を提供する意味もあったのだろう。一里塚の木には榎が多く、桜が植えられている例は少ないようだ。

もともと非常に均整の取れた桜だったが、上の方に枯れ枝があり、最近切られたようなあともあって、若干残念な形になっている。

ただ桜の形と言うのは、アンバランスならではの緊張感みたいなものもあるので、桜の廻りを一周しながらいい形を探す。
盆栽の愛好家のような心境のようになっている自分に苦笑する。


次回は川久保のシダレザクラ

宝珠院のシダレザクラ(長野県御代田町)




宝珠院のシダレザクラ
長野県御代田町
撮影 2015.4.25

御代田町に入った。
御代田は作曲家の武満徹が山荘を構え、作曲活動を行った場所として知られている。
「MI・YO・TA」という小品は、武満の作品の中でも特に印象深い作品だが、これが世に出た経緯が面白い。
彼は若いころ、黛敏郎に映画音楽のアシスタントを依頼された。その時に作曲した旋律があまりにも素晴らしかったので、黛は映画には使わずに取っておいたが、武満の葬儀に際しての弔辞でこの珠玉の旋律を披露した。それに谷川俊太郎が詩を付けたのが「MI・YO・TA」である。
武満と谷川は名コンビとしていくつかの作品を手掛けたが、黛はその思想も作風も全く違う。意外なところに交流があったことがわかるエピソードだ。

宝珠院は真言宗智山派の名刹で、桜の時期には花まつりが行われる。綺麗に整備されたお寺だった。
樹齢300年のシダレザクラは、上部の枝が欠損しているが樹勢は良い。
桜巡りも少し間違うと葉桜巡りになってしまうが、ようやく見頃の桜に出会えた。


次回は一里塚のシダレザクラ

加増稲荷神社のシダレザクラ(長野県小諸市)



加増稲荷神社のシダレザクラ
長野県小諸市
撮影 2015.4.25

加増稲荷神社(かますいなりじんじゃ)は、小諸城を完成させた仙石秀久が守り神として城内に稲荷を祀ったのが始まりであるとされる。
その後、江戸中期に小諸城主となった牧野氏が別の稲荷を城内に祀ったため、この神社は現在の位置に移されたという。
鳥居の奥にある背の高い桜と、前面道路側に古木の桜がある。
これは古墳の上に植えられた桜。


次回は宝珠院のシダレザクラ

彌美登里神社のシダレザクラ(長野県小諸市)


彌美登里神社のシダレザクラ
長野県小諸市
撮影 2015.4.25

彌美登里神社(みみとりじんじゃ)は、平安時代に創建され、木曽義仲も戦勝を祈願したと言う。
境内には大きな木が何本もあり、小諸市では桜1本、杉1本、栂1本、欅3本を指定保存樹としている。
杉や欅などの高い木が多い環境では、桜もそれに負けないように高く伸びるのだろう。
開けたところの一本桜は横に広がる傾向にある。
残念ながら葉桜になってしまったが、満開時の写真を見ると非常に見事だ。


次回は加増稲荷神社のシダレザクラ

十九夜の桜(長野県佐久市)





十九夜の桜
長野県佐久市
撮影 2015.4.25

以前にも行ったことがある福王寺に行くと、遠目にも葉桜だったのでパス。
別の桜を探している途中に偶然見つけた桜で、案内板に「十九夜の桜、十九夜の赤松」とあった。
桜の方は樹齢100年、赤松は樹齢250年ほどらしい。
桜と赤松が同じような形で並んでいるのが面白い。
高さはあまりないものの横に枝を伸ばした姿はなかなか見事だったが、これも残念ながら見頃は過ぎていた。


十九夜信仰というのは月待信仰のひとつで、旧暦の19日にお寺や当番の家に集まって安産や子育ての平安を祈願する、主に女性たちによる信仰である。

十五夜が満月
十六夜は「いざよい」 「いさよう」というのは、古語でためらうという意味らしい。月がためらいながら出るという感覚は昔の人ながらのものだ。
十七夜は「立待ちの月」 月の出はだんだん遅くなるので、立って待つ
十八夜は「居待ちの月」 さらに遅れるので座って待つ
十九夜は「寝待ちの月」
ただ、必ずしも満月は旧暦の15日とは一致しない。
今月で言うと、今日は満月の4日後に当たっているのだが、旧暦では4月21日になっているので、2日ずれていることになる。
ちなみに今日の月齢は19.9で、月の出は10時35分である。
二十三夜信仰というのもあるが、二十三夜の月(下弦)が出るのは真夜中になる。


次回は彌美登里神社のシダレザクラ

無量寺の桜(長野県立科町)




無量寺の桜
長野県立科町
撮影 2015.4.25

無量寺は、天台宗比叡山延暦寺の末寺で、本尊は薬師如来。
境内には、小振りながら形の整ったシダレザクラが3本ほどあった。
残念ながらすでに葉桜になっていたが、とてもいい雰囲気の場所だったので、ぜひ満開の時に再会したいと思う。


次回は十九夜の桜

長谷寺のシダレザクラ(長野県上田市)





長谷寺のシダレザクラ
長野県上田市
撮影 2015.4.25

真田山長谷寺(さなださんちょうこくじ)と言う。

真田昌幸の父真田幸隆が、上州安中の長源寺から伝為晃運和尚を招いて一宇を建立し、真田山種月院長谷寺と称したことから始まる。
その後長篠の合戦で幸隆の長男、次男が戦死したことから、三男の昌幸が家督を相続し、父親の菩提を弔うためここに長谷寺を建立した。
ちなみに昌幸の息子が真田幸村である。

長谷寺は度重なる土砂災害や火災の被害を受け、現在の建物は1978年に再建されたものである。
そのような経緯から、寺宝などは何も残っていないが、大きな石のアーチは創建当時のものと言われている。


次回は無量寺のシダレザクラ

横沢の桜(長野県上田市)



横沢の桜(仮称)
長野県上田市
撮影 2015.4.25

須坂から菅平高原をちょっとかすめて、上田に向かう。
途中で偶然見つけた桜。


各種の地図をネットで利用できるのは有難い時代である。
今回は桜のマイマップを利用している関係で、Googleの地図とナビを使っている。
ただしGoogleの地図は欠点だらけだ。
情報不足で、行政区画や地名、ランドマークの情報が極端に少ない。
他の地図サービスだと、コンビニやガソリンスタンド、道の駅のロゴマークなど、わかりやすく出ているのだが。
一番の問題は、しばしば間違っていることである。
先日もニュースになったが、一般のユーザーに編集させているのは、地図サービスの提供者としておかしい。100%チェック出来るはずがない。

いくつか例を挙げると、今回廻った中でも「水中のシダレザクラ」の位置は数100mではあるが間違っている。
白馬八方尾根のゴンドラリフト終点「兎平駅」のところに「白馬岩岳スノーボードスクール」とある。岩岳は隣の山である。
東京上野の国立博物館の場所には以前は何も書いてなかった。その後「東京国立博物館」の文字は入ったが、現在は「東京国立博物館ミュージアムショップ」とある。博物館よりもショップを重視とは
どういうこと?
「法隆寺宝物館」の位置は、今は合っているが以前は間違っていた。
不忍池の弁天堂のところには、「弁天堂」のほかに「谷中七福神」の文字がある。
弁天堂は谷中七福神のひとつであることは間違いないが、これだと隣に別のお寺があるように見えてしまう。
谷中七福神というぐらいだからあと6箇所あるのだが、そちらは「護国院大黒天」「天王寺」「長安寺」「花見寺修性院」「青雲寺」「東覚寺」とあるだけで、谷中七福神の文字はない。
明らかに誰かが弁天堂だけに「谷中七福神」の文字を書き加えたことが明白だ。
弁天堂(谷中七福神)と書いて、他の6箇所も同様の記述にすれば一応親切だと思うが、現状は余計な情報であると言える。
間違いがあれば誰かが直すのだろうか。Wikipedia方式なのかも知れないが、地図はそれでは困るのである。


次回は長谷寺のシダレザクラ

高顕寺のエドヒガン(長野県須坂市)


高顕寺のエドヒガン
長野県須坂市
撮影 2015.4.25

高顕寺は、行基により開基されたと伝えられる。
境内にあるエドヒガンは、須坂市内では有名な延命地蔵堂の桜に匹敵する古木で、樹齢は500年程度と推定されている。


次回は横沢の桜(仮称)

浄賢寺の桜(長野県須坂市)


浄賢寺の桜
長野県須坂市
撮影 2015.4.25

もう1度水中か坪井に行こうかとも考えたが、カメラマンが集まる桜はちょっと疲れるので、高山村はこれで切り上げ、須坂から上田に向かう。

須坂は名木の宝庫だが、時期的にはもう遅い。
「弁天さんのシダレザクラ」は行こうかどうか迷ったが、結局今回は見送った。
あとから地図を見ると、水中のシダレザクラに行く山道をそのまま南下すると弁天さんに行けるらしい。

上田に向かう途中で見つけた桜。
見頃は過ぎているが、桜の下に咲くアセビとシャクナゲとのコントラストが美しかった。
本殿が新築中のため、撮影はしにくかった。


次回は高顕寺のシダレザクラ

皇大神社のシダレザクラ(長野県高山村)

皇大神社のシダレザクラ
長野県高山村
撮影 2015.4.25







黒部のエドヒガンの周辺は行き帰りの一方通行になっていて、その帰り道にこの神社の前を通る。
背の高いシダレザクラが2本あり、ちょうど満開で見事だった。
狭い場所に背の高い桜で、電線が写り込みやすく、撮影には難しい桜である。




ここから望遠で狙って見ると、黒部のエドヒガンはこんな風に見える。


次回は浄賢寺の桜

黒部のエドヒガン(長野県高山村)その2





黒部のエドヒガン
長野県高山村
撮影 2015.4.25

ナノハナを前景に撮る。
カメラマンは人工物を極端に嫌うので、ナノハナで人工物を隠すというのは、カメラマンならば誰でも考える。
こういう時、桜に近づく人がいると、カメラマンの罵声を浴びることもあるが、今回は幸いそういう人はいなかった。


次回は皇大神社のシダレザクラ

牛窪神社の延命桜(長野県高山村)




牛窪神社の延命桜
長野県高山村
撮影 2015.4.25

YOU遊ランド、子安温泉、蕨温泉、山田温泉、松川渓谷温泉、五色温泉、七味温泉、奥山田温泉の8箇所を総称して信州高山温泉郷と言う。
山田温泉は高山村中心部から志賀高原に向かうルートの途中にある。
標高は870mほどあり、高山村中心部と比べると300mほど高い。
森鴎外など多くの文人墨客が訪れた歴史のある温泉である。

水中の桜を見たあとでは、びっくりするほど小さな桜である。
1945年に山田温泉で大火があり、その被害を受けたがそれでも枯死せずに命を長らえていることから「延命桜」と呼ばれている。
主幹はすでに朽ち果て、樹皮のみで生き残っているような壮絶な姿を見せる。


次回は再び黒部のエドヒガン

明徳寺のシダレザクラ(長野県高山村)



明徳寺のシダレザクラ
長野県高山村
撮影 2015.4.25

高山村の中心部から少し離れ、山田温泉方面に向かう途中にある、浄土真宗本願寺派のお寺。
神社の横にある狭い道路に面して咲いているが、ちょっと窮屈な感じは否めない。


次回は牛窪神社の延命桜

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