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HHhH(プラハ、1942年) ローラン・ビネ著


HHhH(プラハ、1942年)
ローラン・ビネ著
東京創元社 2600円+税

ナチスによるユダヤ人大量虐殺の中心人物、ラインハルト・ハイドリヒを2人の若い工作員が暗殺する作戦を描いた小説。
ラインハルト・ハイドリヒは、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ親衛隊の実力者で、「ユダヤ人問題の最終的解決」計画を立案した。
(「ユダヤ人問題の最終的解決」とは、ヨーロッパからユダヤ人を絶滅させるということの婉曲的表現)

HHhHとは変わったタイトルだが、
Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)
の略で、日本語のタイトルとしては、単に「エイチエイチエイチエイチ」で良い。
これはゲーリングがヒムラーのことを嘲って表現した言葉らしい。

工作員の潜入、ハイドリヒの暗殺と工作員の逃走、ゲシュタポによる捜索、仲間の密告、そして工作員たちの最期までを、徹底的に事実にこだわって記述する。
全て史実に基づくものであり、スパイ・スリラーとして上質のエンターテインメント小説、またはノンフィクション・ノベルに仕立てることも出来ただろうし、あるいはこれだけ綿密に考証したのだから、フィクションとしてまとめることも出来ただろう。
作者はあえてどの方法も採用せず、小説を書きながら、小説を書く自分を書くことによって、「ナチズムとは何だったのか」という問いとともに、「小説を書くとはどういうことか」を徹底的に自らに問う小説である。

あまりに細部にこだわりすぎの感もある(例えば、ハイドリヒが乗っていたメルセデス・ベンツの色が黒だったか、緑だったか)との異論もあるが、小説の新しい可能性を示した作品とも言えようか。ただこの作者の今後がどういう方向に行くのか、若干疑問もある。

ナチズムに関する書物は数多くあるが、個人的にはまだまだ知らないことが多いのだと実感させられた。
例えばハイドリヒ暗殺の報復として行われたリディツェ村虐殺のことなどは、あまりよく知らなかった。

・・・・・・

ところで本書は2014年の本屋大賞、翻訳小説部門の1位に選ばれている。
この賞の翻訳小説部門は、2012年に特別企画として行われたのが最初で、その後は毎年引き継がれている。
その2012年には、フェルディナント・フォン・シーラッハの「犯罪」が選ばれた。
これは勝手な想像だが、「犯罪」に賞を出したいものの、翻訳小説に賞を与える規定がなかったので、急遽「翻訳小説部門」を設置したのではないかと思う。「犯罪」は本賞に値する作品だった。
本屋大賞は「書店員が売りたい本」を発掘するという趣旨だったが、現在では単なる人気投票になっていて、黙っていても売れる本が選ばれる傾向になっているのは残念だ。
「HHhH」に関しては、内容も内容だし、2600円という金額もあって、さほど売れるものとは思えない。むしろこういうものに賞を出すのが見識というものだろうと思う。
そう考えると、2015年の「翻訳小説部門」1位に選ばれた「その女アレックス」については、すでに各方面で評判を得ているし、黙っていても売れる本なので、こうではない選考を望みたいと思う。

原爆の落ちた日【決定版】半藤一利/湯川 豊


原爆の落ちた日【決定版】
半藤一利/湯川 豊
PHP文庫 1000円+税

本書は、1972年に「原爆の落ちた日」(戦史研究会編)として出版され、1994年に「原爆が落とされた日」として文庫化されたものの解題・増補版である。

全3部構成を取り、
第1部では、1941年から44年まで、年ごとに各国の原爆開発を追う。
第2部では、1945年1月から8月のその日まで、月ごとに破滅に向かう日本と、巨額の予算を投じて原爆開発に突き進むアメリカの状況を丹念に追う。
第3部は運命の日の朝から2日後までの地獄図を描く。

660ページの大部で、テーマがテーマだけに「面白い」と言うのは語弊があるが、抑えた筆致で事実を書き連ねていく本書は非常に読みやすく、わかりやすい。
膨大な資料と取材によって、立体的に構成し、戦争とは何かを根源的に問うもので、全ての日本人必読の書と言っても良い。

なぜ日本は破滅に向かって突き進んでしまったのか。どこかで止まることが出来なかったのか。
一方に向かって行くと止まらないというのは、ある意味日本の病いなのではあるまいか。原発の再稼働問題などにも通じるような気がする。もとより原爆と原発はつながっているので、そこのところは飛躍ではない。

兵器というものの恐ろしさ。
作られれば、使われるのが兵器であり、それが戦争というものだと本書の中にもある。
アメリカの原爆開発は、ナチスドイツが原爆を持つことへの恐怖からスタートしたことは間違いないが、その恐怖が杞憂であるとわかってもその開発は止まらなかった。
マンハッタン計画は20億ドル(現在の20億ドルではない。当時のお金で20億ドル)という、目もくらむほどの巨費を投じて3発の原爆を作り、1発が実験で使われ、残り2発は実際に使用された。
原爆の使用は、最終的には軍事的な意味を離れ、政治的になり、使用すること自体が目的化して行く。
何10万人もの市民を犠牲にすることに対して、良心の呵責というものは全くなかったのだろうか。

ミステリマガジン/創刊700号記念「海外編」


ミステリマガジン
創刊700号記念「海外編」
早川書房

日本を代表するミステリ専門誌「ミステリマガジン」は、世界でも2位の歴史を誇る。
その創刊700号を記念したアンソロジー「海外篇」と「国内編」が発売されている。
1956年の創刊当時から現在に至るまでの掲載短篇から。

収録作品
■決定的なひとひねり/A・H・Z・カー
■アリバイさがし/シャーロット・アームストロング
■終列車/フレドリック・ブラウン
■憎悪の殺人/パトリシア・ハイスミス
■マニング氏の金のなる木/ロバート・アーサー
■二十五年目のクラス会/エドワード・D・ホック
■拝啓、編集長様/クリスチアナ・ブランド
■すばらしき誘拐/ボアロー&ナルスジャック
■名探偵ガリレオ/シオドア・マシスン
■子守り/ルース・レンデル
■リノで途中下車/ジャック・フィニイ
■肝臓色の猫はいりませんか/ジェラルド・カーシュ
■十号船室の問題/ピーター・ラヴゼイ
■ソフト・スポット/イアン・ランキン
■犬のゲーム/レジナルド・ヒル
■フルーツセラー/ジョイス・キャロル・オーツ

全篇書籍未収録作品というところが特色かと思う。必ずしもその作家の代表作を入れたわけではない。
個人的には、フレドリック・ブラウン、ロバート・アーサー、ジョイス・キャロル・オーツの作品に惹かれた。
オーツはアメリカの女性作家で、ノーベル文学賞の候補に名を連ねることも多いと言う。

さあ、あとは「国内編」を読まなければ。

11/22/63(スティーヴン・キング)


11/22/63(上下)
スティーヴン・キング
文藝春秋
各2100円+税

タイトル(いちいちにいにいろくさん)はジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された日付。
過去に遡り、ケネディ暗殺を阻止しに行くと言うタイムトラベルものである。
タイムトラベルものは数多くあるが、本書の面白いところは「歴史の改変」に鋭く焦点を当てたところにあると思う。
2段組み、上下巻で1050ページを超える大作

SFであり、現代史を扱った歴史小説であり、多くの部分で恋愛小説でもある。
日本人として残念に思うのは、1950年代から60年代のアメリカ文化をよく知っていればさらに楽しめただろうということだ。

一体、ケネディ暗殺は阻止できるのか。
阻止出来たとして、その後の歴史がどう変わってしまうのか、そのあたりが非常に読みごたえがある。
ラストはさすがだと思った。ラストシーンは絶対に映画向きだと思う。

ケネディ暗殺は、公式にはオズワルドの単独犯行ということになっているが、異論も多く、陰謀説を含めて多くの議論がある。
オズワルド単独犯行説が正しいのかどうかを含め、キング自身の見解があとがきに納められていて、これも非常に興味深い。

素数の音楽


素数の音楽
マーカス・デュ・ソートイ
新潮文庫 890円+税

著者マーカス・デュ・ソートイは、現役の数学者として素数を研究する一方、数学の啓蒙活動にも力を入れており、本書は著者初の一般向け数学書である。
無秩序にしか見えない素数の現れ方に潜んでいる規則性を、素数が奏でる音楽に例えたもので、難しいことはともかくとして、天才数学者たちの横顔とその挑戦を描くドキュメンタリーとしても楽しめるものだ。


素数とは1と自分自身以外では割り切れない数のことである。
小さい方から
2 3 5 7 11 13 17 19 23・・・・
という風に続く。
2以上の全ての自然数は、素数か合成数である。
合成数は素数の積の形で表せる。(素因数分解)
素数の現れ方はばらばらで、数が大きくなるほどまばらにはなって行くが、規則性があるようには見えない。
何よりも無秩序を嫌う数学者は、素数の並び方に関する謎を解こうと、挑戦を続けて来た。

素数の話は、問題だけは素人にもわかりやすい。
素数が無限に存在することは、紀元前にユークリッドが証明した。それは数学の専門家でなくても理解できる簡単な証明である。
 「全ての偶数は2つの素数の和で表せる」というゴールドバッハの予想。
 隣り合う2つの奇数がどちらも素数(双子素数)は無限に存在するか。
 完全数と密接な関係があるメルセンヌ素数が無限に存在するか。
などの問題は、問題自体は非常にわかりやすいが、いずれも証明されていない。

ガウスは、素数の規則性そのものではなく、数が大きくなるに従って素数の割合がどう変化するかというところに着目し、素数定理を導き出した。

本書の中心的話題は、数学史上最大の難問とされるリーマン予想の証明に挑む歴史である。
リーマン予想とは、「ゼータ関数の自明でないゼロ点は一直線上にある」という予想で、これだけ聞いても何のことかわからないが、この中に素数の謎を解く鍵が潜んでいるのだそうだ。

素数の話と言うと、現実の生活には何の関係もなさそうだが、実際はそうではない。
今我々はネットショッピングをする際などに個人情報を暗号化してやり取りしているが、そのセキュリティは「十分大きな数の素因数分解は非常に困難である」という事実に依存している。
そのあたりのことは本書にも出て来るが、暗号の話に関してはサイモン・シン著「暗号解読」に詳しいので、いずれそちらを紹介したい。


■素数は無限に存在することの簡単な証明
素数が有限であると仮定する。
その素数を全て掛け合わせ、1を足す。
出来上がった数は素数か、合成数のどちらかである。
素数であれば新しい素数であり、先の前提と矛盾する。
合成数であれば素数の積に分解出来るが、それは必ず新しい素数であり、先の前提と矛盾する。

例えば、素数が2と3の2つだけであるとする。
(2×3)+1=7
これで新しい素数を得る。

3と7だったら
(3×7)+1=22=2×11
新しい素数を2つ得る。

神は死んだ/ロン・カリー・ジュニア


神は死んだ
ロン・カリー・ジュニア
白水社 2200円+税

神が存在するのならば、どうしてこの世界はこんなにも不幸に溢れているのだろうか。
そんな問いかけが根底にあるのかも知れない。
1975年生まれの新人作家による異色の連作短編集。
神が実際に死んでしまうという、なかなかない設定だが、斬新な語り口も魅力。

収録作品
 神は死んだ
 橋
 小春日和
 偽りの偶像
 恩寵
 神を食べた犬へのインタビュー
 救済のヘルメットと精霊の剣
 僕の兄、殺人犯
 退却

スーダン、ダルフール紛争の最中、現地を訪れたブッシュ政権のパウエル国務長官(実名で登場する)のもとに、ディンガ族の若い女性の姿を借りて現れる神。
そこに武装勢力が迫り、無力な神はあっさいり命を落としてしまう。

神を失った世界は、「児童崇拝」という歪んだ信仰が蔓延し、「ポストモダン人類学」と「進化心理学」という異なる価値体系間の世界戦争に発展して行く。

「神が死んだ」という事実は、神の死体を食べたために高度に知能が発達した犬によって語られる。
「神を食べた犬へのインタビュー」は、インタビュワーと犬とのQ&A。
QがなくAだけで構成され、読者はAを読んでQを想像する手法が面白い。

罪悪/フェルディナント・フォン・シーラッハ


罪悪
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社 1800+税

前作「犯罪」で注目を浴びた作家の第2短編集。
著者は、ナチス全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。
著名な刑事弁護士で、前作と同様、実話を題材にさまざまな犯罪を描き出す。

収録作品
 ふるさと祭り
 遺伝子
 イルミナティ
 子どもたち
 解剖学
 間男
 アタッシュケース
 欲求
 雪
 鍵
 寂しさ
 司法当局
 精算
 家族
 秘密

15編で200ページほど。1話1話はごく短い話である。
短いセンテンスで淡々と語る筆致は相変わらずで、読後に深い余韻を残す。
最後の「秘密」は、ちょっと意表を突いた作品で、小噺のような結末が面白かった。

前作に比べると全体的なインパクトは若干弱い。
実話を元に書いているので、いいネタは前作で出してしまったのかと考えるとちょっと残念だが、次作にも期待したい。

ポーカー・レッスン/ジェフリー・ディーヴァー


ポーカー・レッスン
ジェフリー・ディーヴァー
文春文庫 930円+税

リンカーン・ライムシリーズでお馴染みのジェフリー・ディーヴァーによる2冊目の短編集。


収録作品
「章と節」
「通勤列車」
「ウェストファーレンの指輪」
「監視」
「生まれついての悪人」
「動機」
「恐怖」
「一事不再理」
「トンネル・ガール」
「ロカールの原理」
「冷めてこそ美味」
「コピーキャット」
「のぞき」
「ポーカー・レッスン」
「36.6度」
「遊びに行くには最高の街」

著者は時間をかけてじっくりとプロットを練り上げるタイプの作家で、長編向きの作家という印象があると思うが、著者によれば短編を書くには別の作法があると言う。
長編は読者に多くの時間を使わせるので、後味の悪い結末にはしたくないので、基本的にハッピーエンドで終わらせる。
だが短編の場合には、バッドエンドであっても良いというのである。
その意味で、本短編集に収められている作品には、先週紹介した「厭な物語」に通じるような作品もある。「通勤列車」「監視」「恐怖」「トンネル・ガール」あたりがその系統の作品。
「ウェストファーレンの指輪」は、シャーロック・ホームズが登場する意表をついた作品。
「ロカールの原理」はリンカーン・ライムものの書き下ろし。
個人的には「生まれついての悪人」が一番面白いと思った。

厭な物語


厭な物語
文春文庫 552円+税

収録作品
アガサ・クリスティ/崖っぷち
パトリシア・ハイスミス/すっぽん
モーリス・ルヴェル/フェリシテ
ジョー・R・ランズデール/ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ
シャーリー・ジャクスン/くじ
ウラジーミル・ソローキン/シーズンの始まり
フランツ・カフカ/判決 ある物語
リチャード・クリスチャン・マシスン/赤
ローレンス・ブロック/言えないわけ
フラナリー・オコーナー/善人はそういない
フレドリック・ブラウン/うしろをみるな

既読のものが何点かあった。
シャーリー・ジャクスンの「くじ」は、この種のバッドエンドの小説としては古典的名作である。
これが入っていたので、編集者の意図が何となくわかった。
以前早川書房から出ていた「異色作家短編集」に入っていた作家である。
正直、シャーリー・ジャクスンのその他の作品はあまり印象に残っていないのだが、「くじ」には衝撃を受けた。後味の悪さでは今でも横綱級の作品だと思う。

パトリシア・ハイスミスもこの種のアンソロジーでは常連の作家だ。
ちなみにハイスミスは映画「太陽がいっぱい」の原作者でもある。映画のエンディングは原作とは異なっている。

ランズデール「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」が何と言っても後味の悪さでは群を抜いている。

解説のあとにブラウンの「うしろをみるな」を配置したところが洒落ている。
この作品はタイトルから連想されるとおり、ある意味非常に怖い作品だが、ブラウンらしい機知に富んだ作品とも言える。

この種のアンソロジーには選者の名前が知りたいところだが、実際は文春の編集者のようである。そのあたりがHP上にあったが、編集者によればターゲットは「翻訳作品を読んだことのない人」だそうだ。初心者向け?
「海外の作品も読んでごらん。こんな面白いものがあるよ」と言ったところなのだろう。

個人的な感想を言うと、厭な物語と言うより、江戸川乱歩の造語による「奇妙な味」のような作品群だと思った。言うほど「厭」な感じではないと思う。
本書を読んで面白かったという向きには、先に挙げた
 異色作家短編集シリーズ(早川書房)
の他にも
 世界短編傑作集-江戸川乱歩編全5巻(東京創元社)
 怪奇小説傑作集全5巻(東京創元社)
 現代短編の名手たちシリーズ(早川書房)
などが面白いかと思う。

犯罪/フェルディナント・フォン・シーラッハ


犯罪
フェルディナント・フォン・シーラッハ著 酒寄進一訳
東京創元社 1890円

ちょっと古い話になるが、2012年の本屋大賞に、三浦しをん著「舟を編む」が選ばれた。
この賞は、本が売れない時代、書店員が本当に売りたい本を選ぶ、という趣旨で始まったものである。
その意義は認めるけれども、最近はそれほど意外性がなくなっている感は否めない。
投票になれば、読み巧者の書店員の集まりと言えども、やっぱり「売りたい本」より」「売れる本」に偏ってしまうのは仕方がないことかも知れない。

今年は、特別企画投票「翻訳小説部門」というのがあって、この「犯罪」が選ばれた。
このことに「惜しい」という思いを抱いたのは、この「犯罪」という本が本当は「本屋大賞」に選ばれるべきだったのではなかろうかと思うからである。
本屋大賞が「書店員が本当に売りたい本」という定義であるならば、翻訳小説であっても、またはノンフィクションであってもいいはずだから。
これを選んでいたら、かなり話題になっただろうし、書店員の「見識」に拍手を送りたかったところ。本当に惜しいと思う。
もっとも、200ページちょっとで1890円の値付けを考えても、そもそも売れそうにない本ではある。
特別企画という形でも、この本に何らかの賞を与えたかった、というところに、本屋の矜持を感じ取りたいと思う。


11編からなる短編集。
刑事弁護士である著者の経験に基づく話らしい。
短いセンテンスで淡々と語られる筆致。訳文も素晴らしいと感じさせられる。
専門家ならではの、ドイツの刑事訴訟の実情も興味深い。

個人的には、爽やかな読後感が多くの読者を魅了した「エチオピアの男」と、何とも奇妙なプロットがテンポの良い文章で語られる「棘」の2編が特に印象に残った。

万人にお勧めできる本というのはそんなにない。
ただ、私は本書を読んだあとの数か月間、他の本がつまらなくなり、本を選ぶハードルが高くなってしまったので、本書はお勧めしない。

プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実


プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実
朝日新聞特別報道部 学研 1238円+税

朝日新聞紙上で現在も連載中の「プロメテウスの罠」が震災1年を前に単行本化された。
本書は、2011年10月からスタートした連載を、今年の2月分までまとめたものである。
上記の通り、これは現在も連載中であり、以降、続編が刊行されるものと思われる。


原発事故という「人災」を拡大させた要因として、政治の責任ということはいろいろ指摘されてはいる。
それが当時の管総理大臣の資質に帰するような論調が目立つが、本書を一読してみると、必ずしもそうではなく、一番の問題は官僚機構(東電も含めて)の機能不全と当事者能力のなさであったことは明白である。
官僚機構は、自分たちの持っている情報を国民に全く開示せず、被害を拡大させた。
日本の官僚機構は、この期に及んでもなお、縦割りと前例主義についてはかたくなにそれを守っているのである。
本書を読むと、唖然とさせられるような実態が多々あることがわかる。


東電は福島第一原発から撤退(別の言い方をすれば「放棄」)を考えていた。
もしそうなっていたら、2号機の制御不能→爆発→4号機の使用済核燃料の冷却不能→大量の放射性物質拡散→福島第一全体の制御不能→福島第二に連鎖→東日本全域の汚染
という風に進み、今頃茨城県内でこんな記事を呑気に書いている余裕はありえなかった。
まさに日本が滅亡の危機にあったわけだ。

ことここに及んでもなお原発は必要だなどと考えている人の気が知れない。
ドイツでは、「未来の人間に廃棄物だけ残す原発は倫理的でない」という考え方が広まっているらしい。
その思想は新鮮である。

今年読んだ本の中から


今年読んだ本の中から、印象に残ったものを数点。

■ミレニアム1(上下)
■ミレニアム2(上下) 
■ミレニアム3(上下) 
スティーグ・ラーソン著 早川書房 各1700円+税(1は2008年12月、2は2009年4月、3は2009年7月)

今年最大の注目作品はこれで決まりだろう。
一応ミステリー小説というカテゴリーに含まれているが、単純な謎解き小説にとどまらず、犯罪小説、スパイ小説の側面も持ち、最後は迫真の法廷小説になる。
小説の面白さを全てパッケージしたような作品で、少々オーバーに言えば、過去に読んだ小説の中で一番面白いと言ってもいいかも知れない。
特に事実上の主人公であるリスベットのキャラクターとしての素晴らしさは特筆に値する。
なお、1は独立した話だが、2と3は繋がっているし、のエピソードが伏線になっている。
1の上巻を読み始めると、絶対に3まで読みたくなるので、10200円の出費を覚悟した方がいい。


■出星前夜 飯嶋和一著 小学館 2000円+税(2008年8月)
飯嶋和一は、3~4年に1作という寡作の作家であるため、88年の「汝ふたたび故郷へ帰らず」以来、全ての作品を読んでいる。
今回の作品は島原の乱を題材にしたもので、反権力の立場で書き続ける飯嶋和一らしい視点が光る。

■水神(上下) 箒木蓬生著 新潮社 各1500円+税(2009年8月)
水涸れに悩む村筑後川流域の村。庄屋5人が、私財を擲って堰を築くことを藩に願い出る。失敗したら全員が磔になるという過酷な条件で許可された。


■グラーグ57(上下) トム・ロブ・スミス著 新潮社 各667円+税(2009年9月)
昨年「チャイルド44」で衝撃的デビューを飾った著者が、その続編を出した。
フルシチョフ政権下でスターリン批判がなされ、その結果として復讐を受けることになった主人公が辿る過酷な試練。
強制収容所への潜入と暴動。後半は動乱のハンガリーに舞台を移す。


■川は静かに流れ ジョン・ハート著 早川書房 980円+税(2009年3月)

■9.11生死を分けた102分 ジム・ドワイヤー&ケヴィン・フリン著 文藝春秋 1800円+税(2005年9月)
世界を震撼させた、9.11同時多発テロにおいて、突入から崩壊までの102分間を当事者の証言で構成したもの。
この内容はアメリカでTV化され、日本でも放映されたので、記憶されている方もいらっしゃるだろう。
技術的な意味で興味深かった点。
サウスタワーの非常階段は3箇所あったが、非常に複雑なルートであったのがかえって幸いして、突入後も1本が生きていたらしい。
ただ、それは当事者たちにはわからなかったので、
この巨大なビルに非常階段が3箇所しかなかったことが欠陥であるかのような意見もあるが、日本の超高層ビルでも非常階段は2本が普通である。
そもそも、燃料を満載したジェット機が衝突するような自体は想定されていない。


■素粒子物理学をつくった人びと(上下) ロバート・P・クリース&チャールズ・C・マン共著 早川書房 各1200円+税(2009年4月)

■軌道エレベーター 石原藤夫・金子隆一共著 早川書房 640円+税(2009年7月)
悲観的な話題ばかりの昨今だが、たまには気宇壮大な話を。
軌道エレベーター(宇宙エレベーターとも言う)は、アーサー・C・クラークの「楽園の泉」その他に登場する、SFには必須のアイテム。
高度36000kmの静止軌道にある衛星から地上までケーブルをつないでエレベーターにするという奇想天外なアイデアである。
困難な課題は2つ。
 そのようなケーブルを作れる素材が有りうるのか。
 いかにして建設するのか。
最近の研究成果によって、やや実現性を帯びてきたこの壮大なアイデアをわかりやすく解説する。
人間のイマジネーションの凄さを垣間見るとともに、未来は意外と明るいかも、と思わせてくれる1冊。

■劔岳・点の記 新田次郎著 文藝春秋 980円(1972年当時)
これは番外編で、今年公開された映画に合わせてパラパラと読み返してみたもの。
映画が原作にかなり忠実であることが改めてわかった。
頂上での錫杖発見のエピソードも
劔岳に最初にアタックしたのは生田信、宇治長次郎、宮本金作、岩本鶴次郎の4人であり、柴崎芳太郎本人は含まれていない。

人が何を読もうが構わないけれど

今年の書籍売り上げNO1は、やっぱり「ハリーポッター」なのだそうだ。
それはいいのだが、今年は自己啓発とか自己診断と言った部類の書物が売れているらしい。(と、NHKでは言っている)
血液型関連の本が「自己診断」と呼べるのかどうかはさておいて、このような本が合計で500万部も売れているということをどう考えたらよいのだろうか。

堀井憲一郎によれば、日本では400万部というのは書籍の売り上げとしては上限なのだそうだ。
400万ということは、日本人30人に一人が買うことを意味しているから、確かにこれは頷ける数字である。
4冊あるとはいえ、先に挙げた本(程度の本)が500万部も売れるというのは、ちょっと私の理解を超えている。


ベストセラーの上位には絶対入らないと思うが、今年読んで気に入った本を数冊

■チャイルド44(上下) トム・ロブ・スミス 新潮文庫
 実際にあった連続殺人事件を題材に、スターリン体制下のソ連に舞台を設定した作品。これはここ10年で最高の小説ではないかと思う。

■深海のYrr(イール) 全3巻 フランク・シェッツィング 早川文庫
 一種のパニック小説だが、深海に求めたところが新しい。非常に科学的なディテールで、荒唐無稽に感じない。ちょっと登場人物が多すぎて複雑すぎるのが欠点か。

■ブルー・ヘブン C・J・ボックス 早川文庫
 アイダホの小さな町で幼い姉弟が殺人事件を目撃。官憲を見方につけた犯人たちとの対決の物語。

■20世紀の幽霊たち ジョー・ヒル 小学館文庫
 スティーブン・キングの息子の手になる短編集。ホラーばかりではないその魅力の数々。。。

■社交ダンスが終わった夜に レイ・ブラッドベリ 新潮文庫
 伝説的巨匠の最新短編集。さすがはSFの叙情詩人。

■水滸伝 全19巻 北方謙三
 これは番外編
 1ヶ月に1冊づつ刊行されてきた北方水滸も、今年読了した。これは従来の水滸伝を全て解体して新たに構築したもので、そのエネルギーには心底恐れ入った。

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