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畳平から

撮影 2018.9.22
乗鞍岳、畳平






午後2時のバスで畳平。
こういう時間に入ったのは初めてである。
この時間に行くのは、畳平や肩の小屋に泊まる人が多いのだろう。
雨のあとで空気も澄み渡り、夕方の斜光線に山の緑も映えて、なかなかの光景だ。







今年の紅葉は遅いのか、位ヶ原から上の部分もまだまだだ。




恵比寿岳(右側)と里見岳の間から加賀の白山(2702m)が見える。ほぼ真西方向で、直線距離は70.6km。


県境附近から見る。



奥穂高岳、前穂高岳と吊尾根。左端にジャンダルム(衛兵)が控える。



槍ヶ岳と奥穂高岳



パノラマ気味に左から槍ヶ岳、奥穂高岳、前穂高岳



抜戸岳  (2813m)22.4km
双六岳  (2860m)27.3km
立山   (3003m)49.8km
水晶岳  (2978m)33.6km
野口五郎岳(2925m)34.7km
白馬岳  (2932m)72.4kmは野口五郎岳の右に見えるのだが、生憎雲に隠れてしまった。
槍ヶ岳  (3180m)25.2km
大喰岳  (3101m)24.5km
中岳   (3084m)23.9km
西穂高岳 (2909m)18.1km
南岳   (3033m)22.9km
奥穂高岳 (3190m)19.8km
前穂高岳 (3091m)19.6km

7/19 白川郷

7/19

1日で上高地、飛騨高山、白川郷を廻る。
まるで格安バスツアーのようだ。
しかも明日は立山なのである。

高山から西へ
東海北陸道の飛騨清見ICに向かうと、途中に「中部縦貫道・高山西IC」という看板があった。
飛騨清見ICまでつながる無料の自動車専用道路らしい。この道路の存在は知らなかった。
飛騨清見ICから東海北陸道に乗る。
トンネルだらけの高速道路だが、中でも長いのは飛騨トンネルである。




飛騨トンネル(10710m)
関越トンネル(11055m)に次ぐ、国内第2位の道路トンネルである。
籾糠山の直下を貫くトンネル工事は軟弱地盤によって困難を極め、予定から3年以上遅れ、2008年7月5日に開通した。

飛騨トンネルを抜けると白川郷である。
世界遺産登録の影響もあり、相当の混雑が予想されたので、本当は行く気はなかったのだが、やっぱり勿体無いので寄っていくことにした。

白川郷を訪れるのは2度目である。
前回は河合村から国道360号線の天生峠(あもうとうげ)を越えて行ったのである。
この峠は幅員狭小、急勾配の山岳道路で、1年の半分が通行止めである上、土砂崩れなどでしばしば通行止めになる。
これを解消する意味で、上記の飛騨トンネルが掘られたのだ。
「天生トンネル」と命名すべきだったが、「安房トンネル」と紛らわしいので採用されなかったらしい。



天生峠を越えて白川郷に入る場合、こんな風景が出迎えてくれる。
こんな山奥にどうして集落があるのかと思うほど、まさに陸の孤島だった。
それだけに、秘境のイメージは鮮烈だった。


その昔、高山から白川郷へ赴任する役人は、峠を3つ越えていかなければならなかった。
小鳥峠、松之木峠、軽岡峠という。
1つ目の小鳥峠は、あまりの山深さにびっくりするので「ビックリ峠」
2つ目の松之木峠は、こんな所に行って本当に大丈夫かと考え込んでしまうので「思案峠」
最後の軽岡峠は、説明不要の「辞職峠」と言ったという話が、今では面白おかしく語り伝えられている。


現在の白川郷は、高山にも岐阜にも富山にも高速道路が通じる。
交通至便の地になってしまった、と言ってもよい。
荻町の合掌集落を見下ろす展望台には、立派な土産物屋が出来て、すっかり観光地に変貌していた。
恐るべし”世界遺産”



正面は合掌造りのお寺「明善寺」
右に見えるのは同寺の庫裏で、最大の合掌造りとされる。



荻町のはずれにある3件の住宅。
手前の家は屋根の葺き替え工事中。



荻町の合掌集落を見下ろす、城山展望台。
中央に見えるのは、和田家住宅(重文)
ポスターなどで有名な定番スポットだが、ここは完全に観光化されてしまった。
1枚だけ撮影して早々に撤収した。

7/19 飛騨高山

7/19

悪天候で乗鞍に行けなかったので、この日は飛騨高山に向かうことにした。
天気もまずまずになって来たので、しばし観光客となって古い街並を散策する。



飛騨高山の古い町並は「国選定重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。
上町、下町の三筋の町並みを合わせて「古い町並」と呼ばれている。

中心部である、上三之町を散策する。










































季節の花をさりげなく飾る店先。
格子や軒先の多種多様なディテール。
単なるレトロ趣味ではなく、こういうデザインは現代の商店街にも参考になるのではないか。
現代的な看板も、デザイン次第でしっくり溶け込む。




少し離れた通りに建つ日下部家住宅
明治12年建築で、国の重要文化財。



隣の吉島家住宅
明治40年建築。これも重文



日下部家の格子のディテール



同じく吉島家
吉島家は別の記事で紹介する。
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