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小山敬三美術館(長野県小諸市)

小山敬三美術館
長野県小諸市
設計:村野藤吾
1975年
撮影 2019.12.22

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小諸市出身の洋画家、小山敬三の作品を展示する美術館。
懐古園に隣接する高台に建ち、懐古園と共通で入館出来る。
内外とも、うねるような曲面の壁で構成されている。村野藤吾らしい造形と言える。
傾斜地に建てられていることを利用し、床にも傾斜がある。

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展示室先端は地面から浮いている。この前年に竣工した日本興業銀行本店ビル(現存せず)に通じるデザインである。


記念館DSC03257-001_R
旧居兼アトリエが真鶴町から移築され、記念館として公開されている。


日本興業銀行img_6_R
参考までに、大手町で異彩を放っていた日本興業銀行本店ビル。(2007年撮影)
1974年竣工。
2018年に解体された。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

大田区休養村とうぶ(伊東豊雄)

大田区休養村とうぶ
設計:伊東豊雄
1998年
長野県東御市
撮影 2019.12.22

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東京都大田区が長野県東部町(当時)に設置した保養施設で、大田区民以外も宿泊等の利用は可能である。
大きな三日月形の平面形で、差し渡し230mほどもある。
高低差20mほどの傾斜地に建てられているため、どの断面もほぼ2階建てだが、実際は4階建てである。
20年ほど前の作品だが、この時期の伊東豊雄の作風がよく表れていると思う。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

The Okura Tokyo(ホテルオークラ東京の建替え)

The Okura Tokyo
東京都港区
撮影 2019.12.28
設計:虎ノ門2-10計画設計共同体(大成建設一級建築士事務所、谷口建築設計研究所、観光企画設計社、日本設計・森村設計・NTTファシリティーズ)

ホテルオークラ旧本館は1962年に完成した。
設計には谷口吉郎、小坂秀雄(郵政省建築部長)、清水一(大成建設設計部長)、伊藤喜三郎(伊藤建築研究所所長)、岩間旭(三菱地所建築部長)らによる設計委員会が当たった。
中でも象徴的な空間であるロビー廻りは谷口吉郎が担当した。
オークラ本館は2015年に閉館、解体されることになり、内外から多くの反対の声が寄せられた。自分も反対だったが、すでに規定路線だった。
谷口吉生が全体計画を担当することになれば、ロビーのデザインも踏襲されるのではないか、と淡い期待を持った。

01神谷町から_R
神谷町附近から
左奥に見えるが、大規模再開発の影響で通行止めの道が多く、まっすぐ近づけない。

02虎ノ門ヒルズ遠景_R
ポケットパークから虎ノ門ヒルズが見えた。
土地勘がないのでよくわからないが、目指す建物も虎ノ門にある。このあたりは赤坂、六本木、虎ノ門が接しており、東京でも一番の立地であると言える。

03東側下から_R
東側の坂下から
ここは約20mもの高低差があり、東側の道路は物凄い坂だ。

04東側坂下から高層棟見上げ_R
高層棟(プレステージタワー)の見上げ

05地形断面_R
地形の断面図
敷地の東西でこれだけの高低差がある。

06高層棟正面_R
プレステージタワー正面。
端正なファサードではあるが、ちょっと気になったのはガラスのゆがみが大きいこと。

07前庭 (2)_R
ホテルエントランスは5階レベルにある。
広く前庭を取り、高層棟(プレステージタワー)と低層棟(ヘリテージウイング)が、90度の軸線で配置されている。
前庭には水盤があり、六角形の島がある。2棟の軸線が島の中心で交差するという、谷口吉生らしい配置である。

08前庭_R
敷地南側には、日本最古(1927年)の個人美術館である「大倉集古館」が建つ。道路を挟んで、オークラの別館。かつての本館のイメージはまだここに残っているが、これも取り壊される運命にあるようだ。
遠景には泉ガーデン、六本木グランドタワー、アークヒルズなど。

朝のうちは陽が当たらないので、寒々と見えてしまう。ここを撮影するなら午後がよかった。

09高層棟エントランス2_R
プレステージタワーのエントランス

10低層棟エントランス_R
ヘリテージウィングのエントランス
ホテルのフロントはプレステージタワーにある。
客室はプレステージタワーの上層部とヘリテージウィングにあり、プレステージタワーの低層部は主にオフィス。

11すだれ_R
細かいアルミのすだれ状のスクリーン
谷口吉生の特徴が出た部分

12ロビー_R
さて、問題のロビーはプレステージタワー5階にある。(5階と言っても、見た目は1階)
旧本館のデザインがほぼ完璧に再現されている。
正直、ここまで忠実に再現されるとは、多くの人が思っていなかった。

13ロビー2_R
障子の上部に、麻の葉模様と呼ばれる細かい格子模様。
これも忠実に再現された。

14ランタン_R
「オークラ・ランタン」と呼ばれた照明器具も、LEDで蘇った。

15ロビーテーブル_R
ロビーに置かれた漆塗りのテーブルに、ランタンの光が反射する。
テーブルと5脚の椅子は梅の花を表現している。

16メザニンへの階段_R
旧館では、ロビーに橋を架けたいという施主の要望でメザニン(中2階)が作られたが、これも再現された。
メザニンへの階段。

17メザニンから1_R

18メザニンから2_R
メザニンからロビーを見下ろす。
贅沢な空間である。

19メザニンからエントランス_R
メザニンからエントランス方向

20エントランス_R
エントランス正面。奥にフロント。
以前から、石草流の生花で飾られることになっている。
前庭の六角形の島は、この花が飾られている大鉢の形状に呼応していることに注目。

21大倉集古館東側_R
大倉集古館東面
大倉集古館は、伊東忠太の設計で1927年に建てられた、日本最古の個人美術館。
今回、道路側に6mほど曳家した上で、地下の増築及び免震工事が行われた。改修設計は谷口吉生。
年末年始の休館だったので、こちらは次回としたい。

22大倉集古館北面_R
大倉集古館北面

23別館全景_R

24別館南側_R
別館は解体し、タワーマンションになるという噂がある。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

軽井沢高原文庫(長野県軽井沢町)

軽井沢高原文庫
長野県軽井沢町
1985年
設計:GK設計
撮影 2019.12.21

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軽井沢高原文庫は、軽井沢タリアセンが運営する文学館で、堀辰雄、室生犀星など軽井沢ゆかりの文学者の資料を展示する。
軽井沢タリアセンとは、道路を挟んで反対側に位置している。
堀辰雄の山荘、野上弥生子の書斎、有島武郎の別荘なども移築されているが、今回は時間がないのでこれだけ撮影した。

建築的見どころは、H型鋼を用いて軽快に表現された切妻の形状だろう。
これは軽井沢タリアセン全体で、共通に使われているデザインに則ったものということが出来る。

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タリアセン内で見られるフォリー

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

軽井沢発地市庭

軽井沢発地市庭(かるいざわほっちいちば)
2016年
設計:宮本忠長建築設計事務所
長野県軽井沢町
撮影 2019.12.21

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発地地区に2016年に出来た農産物等の直売所。
車寄せのデザインなどから見て、軽井沢ではアウトレットの建物も手掛けている柳澤孝彦氏の設計ではないかと踏んだのだが、実際は宮本忠長建築設計事務所だった。
創設者の宮本忠長氏は長野県須坂市生まれ。佐藤武夫設計事務所を経て、長野市で設計事務所を開く。
主に長野県内で、多くの公共施設等を手掛けている。関東では千葉県の「サンライズ九十九里」が有名。確か奥日光の休暇村も
宮本忠長氏の設計だったように記憶している。2016年に死去。


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少しずつ傾斜を変えた屋根の表情が、浅間山の稜線と呼応する。


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斜めに貫通した通路の奥に、浅間山が借景として現れる仕掛けなのだが、ちょっと雑然としているのが残念。


自分は買い物に興味がないので、軽井沢に来たときのお土産物などはここ1軒で済ませている。
通常の道の駅などとはちがい、軽井沢ならではの、おしゃれなものも買えるのがありがたい。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

ハラ・ミュージアム・アーク(群馬県渋川市)

ハラ・ミュージアム・アーク
設計:磯崎 新(1988年)
撮影 2019.9.7 群馬県渋川市

そういえば、今年磯崎 新がプリツカー賞を受賞した。
プリツカー賞は、ハイアット財団(プリツカー一族)が建築家に対して授与するもので、建築賞としては最も権威がある賞とされる。
これまでの、日本人の受賞者は
 丹下健三
 槇 文彦
 安藤忠雄
 妹島和世+西沢立衛
 伊東豊雄
 坂 茂
の6組7人で、磯崎は8人目の受賞である。
その実績や国際的知名度を考えると、なぜ今頃?とも思えるが。

ハラ・ミュージアム・アークは、東京の原美術館の別館として、1988年に開館した。
榛名山中腹の、伊香保グリーン牧場に隣接する高原に建てられた現代美術専門の美術館である。
原美術館は、来年12月を以って閉館し、ハラ・ミュージアム・アークが「原美術館ARC」と館名を変更する予定になっている。

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この時期の磯崎の作風がよく出た建築である。
確か1992年に訪問しているが、その後増築が行われているはずだ。
メンテナンスが行き届いていて、とても綺麗な状態に保たれているのが好ましい。
3つのギャラリーと特別展示室が半屋外空間を介してクラスター状に配置されている。

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ギャラリーAのみ撮影可能
現代美術家、加藤泉の展覧会が開催中

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特別展示室と、広大な庭園の向こうに赤城山を望む

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

金沢21世紀美術館(石川県金沢市)

金沢21世紀美術館
石川県金沢市
設計:SANAA(妹島和世+西沢立衛)

寺町の「金沢建築館」から1.2kmほど歩き、金沢21世紀美術館にやって来た。
2004年に開館しているので、今年で15年になる。
2005年と14年に続き、3回目の訪問になる。

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金沢市の中心部、兼六園にも近いという立地の良さや、無料ゾーンの充実というような理由もあるが、公立の美術館にこれだけ人が集まるというのは画期的なことだ。


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外観
なかなか全体が撮りにくい建築ではある。


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金沢市役所側正面
ステンレス鏡面仕上げのオブジェと絡めて見る。


この日の金沢は駆け足だったので、本当はもう少しゆっくり滞在したいところだ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

金沢建築館(石川県金沢市)

金沢建築館
石川県金沢市
設計:谷口吉生
撮影 2019.8.3

銘板DSC05857-001_R

金沢出身の建築家、谷口吉郎と、その子息である谷口吉生を記念するミュージアムで、犀川の左岸、寺町通りに先月オープンした。
桜で有名な松月寺のほど近くである。(行った時は気が付かなかった)
谷口吉郎の生家があった場所に建てられた。

外観全景DSC05914-001_R
寺町通りから見た全景

外観J33A6457-001_R

外観J33A6570-001_R

ルーバーディテールDSC05854-001_R
アルミルーバーのディテール

ロビーJ33A6491-001_R
地階と2階が展示室になっている。地階のみ撮影不可。

2階から1階のロビー廻りを見る

エントランスJ33A6534-001_R
エントランス全景
アルミルーバーを透過した柔らかい光が降りそそぐ

游心亭J33A6503-001_R
2階は、谷口吉郎が設計した、迎賓館赤坂離宮の和風別館「游心亭」を忠実に再現した空間

游心亭J33A6530-001_R
同じく「游心亭」の茶室

水盤J33A6513-001_R
2階展示室の前面には、谷口得意の水盤と、遠景に金沢の市街地の景観

・・・・・・

階段DSC05936-001_R

階段DSC05933-001_R

犀川に面する北側はかなりの高低差があるが、こちらからも階段でアプローチすることが出来る。
この手摺壁のディテールは、谷口ならばやらないディテールなので、この擁壁部分は谷口の設計ではないと思われる。


比較的小規模のミュージアムで、今後どのような展示が行われるのかは気になるところだ。
2階の再現展示は面白いが、とりあえず見るだけの空間なので、もう少し具合的な利用が出来ればいいと思う。
建築は谷口ならではのもので、「さすがお上手ですね」という感じだが、インパクトは若干弱い印象だ。
谷口本人も言う通り、親子の設計手法はかなり異なるのだが、その対比や共通点を感じ取るのが建築を見る醍醐味かも知れない。

なお、本物の「游心亭」も見学可能になっているようなので、いずれ見て見たいと思う。
金沢には、来年、国立近代美術館の工芸館(北の丸公園)が移転するので、これもいずれ見る機会があるだろう。
何にしても金沢は見どころが多い。

次回は金沢21世紀美術館

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

ショウナイホテル スイデンテラス(山形県鶴岡市)

ショウナイホテル スイデンテラス SUIDEN TERRASSE
撮影 2019.5.1~4 山形県鶴岡市
設計:坂茂

5月1日
この日は未明に新潟を出て、日本海側を北上し酒田に向かう。
酒田には午後に間に合えばいいので、あちこちに寄りながらのんびりと行く。

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7時ごろ、鶴岡市内の国道7号線を走っていると、右手に気になる建物が見えた。
周辺は工業団地のような雰囲気だった(実際はサイエンスパークだった)ので、何かの研究施設、あるいは企業の研修所のような建物かと思った。


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“SUIDEN TERRASSE”とあった。どうやらホテルらしい。
このロケーションにホテルは意外だった。


散歩をしていた女性と話をした。
昨年オープンしたホテルで、建築関係者がよく見学に来ると言う。
この建物のことは知らなかったが、国道から目に付いたことを話し、荘銀タクトや土門拳記念館の話をして別れた。


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エントランスから正面にロビー棟

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水面に浮かぶように配置された宿泊棟

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ロビー棟と宿泊棟は、軽快なフィーレンデールのブリッジで結ばれる。


誰が設計したのだろう。
造形を見る限り只者ではない。
あとから内部を見ると、坂茂を示すアイコンが各所に見受けられた。


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この日は曇り。
撮影してもあまり映えないので、後日再訪することにした。

・・・・・・

5月4日早朝
前日は鶴岡駅前のホテルに宿泊した。
スイデンテラスは、ここから車で数分の距離にある。
のどかな風景とは裏腹に、市の中心部からほど近い。


ここに「サイエンスパーク」が作られたのは2001年のことである。
21ヘクタールの土地を開発し、慶応大学の先端技術研究所を誘致。
数々のベンチャー企業が生まれ、地方再生の成功事例として注目を集めた。


2013年。
サイエンスパークは大きな壁に突き当たっていた。
21ヘクタールのうち、14ヘクタールが未利用のままだったのだ。

その頃、のちにこの庄内の地で地域に根ざしたベンチャー企業「ヤマガタデザイン」を設立することになる山中大介氏がここを訪れる。
山中氏は先端技術研究所の所長と面識があった関係で、この「サイエンスパーク」の見学に訪れたのである。
山中氏は勤めていた三井不動産を会社を退職し、ここで2014年、ヤマガタデザインを設立した。
ヤマガタデザインが14ヘクタールの土地を購入し、開発、企画、建設、運営の全てを担う形で、スイデンテラスは実現した。

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朝食後、3たび訪問して見た。

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エントランスへのアプローチ
この造形は、田んぼの「はさ掛け」のイメージかも知れない。

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中央、折版屋根の建物はロビーやレストラン、ショップなどが入る。

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クラスター状に、G棟、H棟、Y棟という3棟の客室棟が、軽快なフィーレンデールのブリッジでつながっている。(G、H、Yは、月山、羽黒山、湯殿山の頭文字)

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遠景には月山
ドーム状の建物は、キッズドーム・ソライという関連施設。

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フロントは階段を上った2階にある。
屋根は折版構造に、タイロッドで補強している。
鉛直部材は圧縮を受けるわけではなく、張弦構造ではないが、豪雪地帯で軽快な屋根を実現する方法として考えられているようだ。


田んぼの中にリゾートホテルを作ってしまったその構想力と、さずがの造形力に感嘆した。
このホテルを中心とした地域再生が成功することを切に望みたい。
見た目よりもリーズナブルな料金設定なので、次に来る際はぜひ宿泊したいと思う。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

清春芸術村(山梨県北杜市)

清春芸術村
山梨県北杜市
撮影 2015.10.25及び2019.6.9

清春芸術村は、武者小路実篤や志賀直哉を始めとする白樺派同人たちが果たせなかった美術館構想を、親交のあった吉井画廊社長の吉井長三が私財を投じて実現したものである。

発端は1977年。
吉井と小林秀雄、谷口吉郎、東山魁夷らがこの地を訪れたところから始まる。
ここは廃校になった旧清春小学校の跡地だった。吉井はこの場所を買い取り、複合文化施設としての清春芸術村の建設が始まった。
芸術村全体の基本設計は谷口吉郎が担当。谷口の死後は息子の谷口吉生が引き継いでいる。
芸術村には有名建築家の設計になる建物が多く、さながら建築博物館の様相を呈している。


ラ・リューシュ1_R
ラ・リューシュ

パリのモンパルナスにあるアトリエを再現した建物で、名称は「蜂の巣」を意味する。
アーティストのアトリエとして使われているほか、一部がミュージアムショップになっている。
パリにあるアトリエは解体される予定だったため、吉井が買い取って日本に移築する予定だったが、急遽保存されることになったため、設計図を買い取り、この地で忠実に再現したものである。
芸術村のシンボル的存在である。


美術館1_R

美術館2_R
清春白樺美術館
設計:谷口吉生
1983年

正面に突き出たガラスの構造物は、軸線を「ラ・リューシュ」に合わせている。
この形は「ラ・リューシュ」のメタファーであることは言うまでもない。
ラ・リューシュと美術館は、ちょうど向き合う形になっている。
こういう軸線の使い方は、谷口が得意とするものだ。


レストラン1_R

レストラン2_R
オーガニック・レストラン「パレット」
これも谷口吉生の設計による。
(2枚目のみ今年の撮影)


礼拝堂1_R

礼拝堂2_R
ルオー礼拝堂
設計:谷口吉生
1986年

20世紀最大の宗教画家と呼ばれるジョルジュ・ルオーを記念した礼拝堂。
ルオーの作品は、清春白樺美術館の重要なコレクションになっている。
比較的地味な外観だが、内部空間は美しい。


梅原_R
梅原龍三郎アトリエ
設計:吉田五十八
1989年移築

梅原龍三郎の作品も、清春白樺美術館の重要なコレクション。
数奇屋造りなどの和風建築で名高い、吉田五十八の設計である。
東京新宿から移築したもの。
(今年の撮影)


光1_R

光2_R

光3_R
光の美術館
設計:安藤忠雄
2011年

人工照明を用いず、自然光だけで作品を鑑賞する美術館。
単純な直方体の箱の角をカットし、屋根にシャープなスリットを入れてトップライトとしている。
(内部は今年の撮影)


図書館_R
白樺図書館
現在は休館中?


茶室_R
茶室「徹」
設計:藤森照信
2006年

建築史家、藤森照信が継続して手がけている、樹上建築のひとつ。
支えているのは、この地に立っていた樹齢80年のヒノキ。


エッフェル_R
エッフェル等の螺旋階段

エッフェル塔は、ギュスターヴ・エッフェルの設計で1889年に完成した。
高さは300mだが、上部180mに鉄製の螺旋階段が設置されている。
1984年、老朽化のため取り替えられることになり、24分割されて解体されたそのひとつがここに置かれている。


ストーブ_R
「素透撫」(ストーブ)

小林勇(冬青)の旧宅「冬青庵」(幸田露伴の命名)を鎌倉から移築し、新素材研究所の杉本博司+榊田倫之が内装設計を行ったもので、レストランとして使われている。
もとは1941年ごろ、原三渓に重用された棟梁・山田源市が手掛けた伝統建築である。
芸術村の中ではなく、駐車場に隣接している。

ゲストハウス_R
ゲストハウス
設計:新素材研究所
2019年

最も新しい建物だが、ゲストハウスのため一般の見学は出来ない。
施設側でも、あまり場所は公にしたくない感じだった。雑誌等には紹介されているのだが。
鉄骨造で、柱にはφ50mmの無垢の鋼材を用いている。
(今年の撮影)

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

「ソニーパーク」と「メゾン・エルメス」

「ソニーパーク」と「メゾン・エルメス」
東京都中央区
撮影 2018.10.17(最後の2枚のみ2019.5.18)

銀座のソニービルは、1966年に竣工した。
建築家、芦原義信の代表作で、モダニズムの重要建築のひとつとされる。
数寄屋橋交差点という一等地にありながら、その一角をオープンスペースとして開放し、単にソニーのショールームというだけではなく、さまざまな情報発信の場として常に銀座の中心であり続けた。

その平面は、ひとつのフロアを田の字型に4つに分割し、それぞれ900mmの段差を付けて4段分で1階分を上るという、スキップフロアを採用した。これを特に「花びら型」と呼んでいる。
フロアにレベル差を付けて、空間に変化を生む手法はこの時代に流行したが、現在では段差がタブーになっているので、最早こういう建築は出来ないだろう。

2016年、竣工後50年を機にその役割を終え、営業を終了、翌年解体された。
今後ソニービルは、2022年秋に新しいソニービルとしてオープンする予定だが、その前段階として、2020年まで「ソニーパーク」として開放されている。
これは地上部分を解体し、イベントスペースなどとして開放するとともに、地下部分を改修したものだ。
設計を行っているのは、Ginza Sony Park Project と大成建設。

全景
全景(左側にメゾン・エルメス)


外部1

外部2
FM放送のサテライトなども置かれ、新たなスポットとして人気を集めている。
こういうリノベーションのやり方を見ると、やっぱりソニーという会社は面白い。普通の会社だったら、解体して建て替えて(あるいは売り飛ばして)終わりだろう。

やっぱり自由な発想というのがいかに大事かということを思い知らされる。
今後の展開にも期待したい。

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地上部分が一部残されているので、「花びら構造」がよくわかるようになっている。
コンクリートの躯体が、墨出しの線や配管用のスリーブも含めてそのまま露になっているのも一興。

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ソニービルの裏側の通りを「ソニー通り」と呼ぶ。
2001年、ソニー通りを挟んで反対側に、レンゾ・ピアノ設計による「メゾン・エルメス」が建てられた。
特殊な大型サイズのガラスブロックで構成された壁面は、日中は天気や時間の流れを映し、夜間はランタンのように東京の街を照らす。
「メゾン・エルメス」のガラスの箱は、ソニービルへのオマージュであったように思われる。
今回、ソニービルの解体により、「メゾン・エルメス」の北西側のファサードが数寄屋橋交差点側から丸見えになった。

エルメス1

エルメス2
「メゾン・エルメス」では、パリを拠点に活動を行うアーティスト湊茉莉氏の個展を開催している。(6月23日まで)
合わせて、ソニーパーク側のガラスブロック面に“Utsuwa”と名づけたペインティングを行った。
このインスタレーションは、湊氏自身が作業用のゴンドラに乗り、数日間かけて製作された。
刻々と代わり行く光や通り過ぎる人々、建物内部え行われる人々の活動全体を受け入れる「器」をイメージしていると言う。

「ソニー・パーク」と「メゾン・エルメス」
今だけ見られる競演に注目。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

INUBOU TERASU TERRASE(千葉県銚子市)

INUBOU TERASU TERRASE
千葉県銚子市

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犬吠崎灯台前に今年の元日、地域活性化、観光振興、情報発信を目的とした「INUBOU TERASU TERRASE」がオープンした。

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「犬吠テラステラス」とは不思議なネーミングだが、「犬吠照らすテラス」という意味らしい。

銚子を代表する景勝地で、平地では日本で一番早い初日の出が見える場所でもある。
直売所やセレクトショップ、カフェなどを備えた施設で、このエリアに、これあでありそうでなかった施設として、今後は人気を集めるだろう。

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1階

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2階は前面に大きなガラスの開口部があり、太平洋の景観が広がる。


設計は、篠崎弘之建築設計事務所
篠崎弘之氏は伊東豊雄事務所の出身とのことだ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

笠間の家(伊東豊雄)

笠間の家
茨城県笠間市
設計:伊東豊雄

「笠間の家」は、陶芸家里中英人(故人)のアトリエ兼住居として1981年に建築され、日本建築家協会新人賞を受賞した。
伊東の住宅建築としては、中野本町の家(1976年)、自邸の「シルバーハット」(1984年)の中間に位置する。
伊東の個人住宅で、見学可能なのはこれだけだと思われる。

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屋根はカラー鉄板瓦棒葺、外壁はフレキシブルボードという簡素なもので、モノトーンでシンプルな内装はこの時期の伊東の特徴をよく表している。
傾斜地に建てられているため、2階からアプローチする。
1階はアトリエとして使われていた。

2013年に笠間市に寄贈され、原型に近い形に修復した上で公開されている。
イベント等に利用することも出来るが、館内見学は自由。カフェも併設されている。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

酒田市美術館(山形県酒田市)

酒田市美術館
撮影 2019.5.1
山形県酒田市
1997年開館
設計:池原義郎

土門拳記念館のあと、まだ時間があるので酒田市美術館に行く。
ここは3回目の訪問。

土門拳記念館から海側に800mほどの距離にある。
標高24m前後の高台に位置し、鳥海山や最上川などの眺望が良い。

1994年に竣工した浅倉五十吉記念館のデザインを踏襲している。
それは、出目地のコンクリート打放し面や、自立する重層的なコンクリートの壁などにとよく現れている。
緻密なディテールは池原建築ならではのものだが、浅倉五十吉記念館と比べると建物の規模が大きい分、やや大味になっている印象は否めない。

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エントランス前に長大な壁を立て、入館者は壁に沿って廻りこむ。このアプローチも浅倉五十吉記念館と共通している。

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エントランス部分であることを強調する、金属製のキャノピー

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壁の端部のデザイン

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建物入口へのアプローチ
スチール製のキャノピーは、さりげないが凝ったデザインとディテールである。

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西側からのアプローチ

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平屋建てで、横に広がる平面のため、全体がつかみにくい。
前庭と、遠景に鳥海山が見える。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

土門拳記念館(山形県酒田市)

土門拳記念館
撮影 2019.5.1 山形県酒田市

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谷口吉生の作品として、よく知られたものの中では8番目ぐらいに当たる。
谷口46歳の作品で、代表作と言って良い。
 雪ケ谷の住宅 1975年
 福井相互銀行成和支店 1976年
 金沢市立玉川図書館 1978年
 資生堂アートハウス 1978年
 北塩原村役場・コミュニティセンター 1979年
 秋田市立中央図書館明徳館 1983年
 清春白樺美術館 1983年
 土門拳記念館 1983年
今年、金沢市にひとつ竣工するので、夏に行こうと思っている。金沢の夏は暑いので大変だが。。。


土門拳記念館は、今回で6回目の訪問。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

I・M・ペイ、102歳で死去

中国系アメリカ人建築家、I・M・ペイ氏が5月16日に亡くなった。享年102歳。
光州市に生まれる。父は後に中国銀行の頭取を務めた銀行家だった。
生後間もなくイギリス領だった香港に亡命するが、その後上海に移住する。
1935年、17歳の時に渡米し、建築を学ぶ。
戦後はワルター・グロピウスやマルセル・ブロイヤーに学び、グロピウスの事務所に勤務した。
1965年にI・M・ペイ&パートナーズを設立。アメリカでも有数の建築家として活躍した。

代表作は、ルーヴル美術館ピラミッド(1989年)、香港中国銀行本店ビル(1990年)、など
日本では、滋賀県のMIHO・MUSIUM(1997年)を手がけている。

作風は幾何学的形態を多用するのを特徴とし、「幾何学の魔術師」の異名を取る。


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1990年、香港中国銀行本店ビルの竣工直後の写真
中央に中国銀行本店ビル。
72階建て、高さ367mは当時アジアで最も高いビルだった。


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左に見える特徴的な外観のビルは、ポール・ルドルフ設計のボンド・センター(現リッポー・センター)


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ビクトリア・ピークから
中国銀行本店ビルの右にボンド・センターのツインタワー。
左にノーマン・フォスターの香港上海銀行ビル(1985年竣工)

中国銀行本店ビルもデザインは出色だったが、香港上海銀行の先進性には及ばない。この時もお目当ては
上海銀行だった。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

斉藤茂吉記念館(山形県上山市)

斉藤茂吉記念館
撮影 2019.5.4 山形県上山市

斉藤茂吉記念館は、1968年に開館した。設計は谷口吉郎。
1989年に、茂吉の甥である守谷誠二郎から遺産数十億円の寄贈を受け、改修及び増築工事が行われた。
工事は地下棟を新設し、展示室を拡大した他、展示物も大幅に拡充された。その設計は、吉郎の子息である谷口吉生が手掛けている。
谷口親子による共同設計としては、金沢の玉川図書館があるが、父の死後、息子が改修工事に関わったものとしては国立近代美術館がある。

谷口吉生の作品としてはあまり知られていない。
1989年と言えば、葛西臨海水族園が竣工した時期でもあり、陰に隠れて目立たなかったのかも知れない。
エントランスから階段を下り、地下の展示室に至ると、土門拳記念館と同じモチーフが現れ、谷口吉生の建築であることがはっきりと示される。


記念館内部は撮影禁止なので、外観の写真のみ。

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旧館正面


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新館屋上


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新館屋上から旧館を見る


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隣接するみゆき公園から、新館側の全景


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屋上テラスからは、上山の市街地や蔵王方面の眺望が素晴らしい。

テーマ : 建物の写真
ジャンル : 写真

ゆいの広場ひらり(山梨県山中湖村)

ゆいの広場ひらり
山梨県山中湖村
撮影 2018.9.8及び2019.2.24


山中湖畔の回遊性を重視するまちづくりを進める山中湖村は、村内の各地区において、小規模な拠点を複数設置し、それを連携させることで村の活性化を図っている。
各プロジェクトにおいては、具体的な空間デザイン戦略を立てて、さまざまなハード創りを行っている。
山中湖の東端に位置する平野交差点地区の開発「ゆいの広場ひらり」はその象徴であり、山中湖村と富士急行が連携するプロジェクトである。


平野地区は学生の合宿が多く、平野バス停附近はその中心部として賑わっている。
「ゆいの広場ひらり」の中心はバス待合所・観光案内所で、隣にはコンビニもある。
駐車場は、コンビニの駐車場奥に用意されている。










道路を挟んで北側に「けやき広場」
古い農家の建物を改修したもので、主屋は多目的に、長屋門は管理事務所とトイレとして使われている。









バス待合所・観光案内所
設計:SUGAWARADAISUKE建築事務所
一辺2427mm(8尺)の正三角形のグリッドで構成されている。




みなみの広場
古民家を改修した「あずま家」は、多目的スペースとしての使用が想定されている。

2012年の記事から-上野毛駅by安藤忠雄





東急大井町線 上野毛駅
設計:安藤忠雄
東京都世田谷区
撮影 2011.12.29

上野毛駅附近の線路は掘割状になっていて、駅舎は線路の上を覆う形になっている。
この駅の特徴は、北と南に駅舎が分かれていて、間に道路が通っていることである。
駅舎が分断されている形なので、一体感を演出するために屋根を架けたのは、安藤忠雄らしい発想だと思う。

道路上に屋根を架けるというのは、行政側との折衝が相当に難しそうなので、見た目は軽やかだが、その実はかなりの力技と言える。

工法的に言うと、2つの建物の間に最後に屋根を架けたもので、エキスパンションジョイントのカバーがかなり目立ってしまっている。これがなければ随分スマートに見えるだろう。
もうひとつ、ここまでやったのなら電線は地中化してほしかったところ。

ホームから見る。

全体のイメージがよくわかるように、東急電鉄のHPから。

2012年の記事から-渋谷駅by安藤忠雄





渋谷駅
設計:安藤忠雄
撮影 2011.12.29

渋谷駅は、恐ろしく複雑な駅である。
2階にJR各線と東急東横線、京王井の頭線
3階は東京メトロ銀座線(地下鉄なのに一番上にある)
地下3階は東京メトロ半蔵門線と東急田園都市線
地下5階が、一番新しい東京メトロ副都心線

東急東横線は、渋谷~代官山間の1.4kmを地下化して、渋谷駅で東京メトロ副都心線と相互直通運転をする予定で現在工事中である。
だから、東横線のホームは、現在は2階にあるが、工事完了後は地下5階になる。

安藤忠雄の設計で新渋谷駅の工事は施工中なのだが、その一部は見られるわけである。

一応話題になっている、地下5階から3層(高さ20m)の吹き抜け空間。
まだ全体が完成しているわけではなく、地下4階部分はどうなっているのかわからない。

駅全体のイメージは、卵型の空間が地中に「浮かぶ」というもので、実際には見えないが、随所にその一部が顔を出すという趣向である。

エスカレーター部分を覆う天蓋になっている

地下5階に下りるエスカレーターの一部に顔を出すという趣向

安藤忠雄は、意外とこの卵型というイメージが好きなようで、1988年に発表した「中之島プロジェクト」で発表した、アーバンエッグという構想を思い出す人も多いと思う。
長良川国際会議場では、巨大なコンクリートの卵を実現させた。

新渋谷駅の、まだ中途半端な部分を見ただけだが、感想としてはイマイチである。
東横線の工事が完了した時点でもう一度見てみたいと思う。
 

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