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1996年の撮影から-豊田市美術館(愛知県豊田市)

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豊田市美術館
設計:谷口吉生
竣工:1995年
愛知県豊田市
撮影 1996.4.13

「資生堂アートハウス」と同じ日に訪問したというのがミソで、当時の最新作と過去の代表的作品を同じ日に見るという目論見だった。
豊田市美術館は、現在に至るも谷口吉生の美術館建築では代表的作品と言っていいと思う。

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すでに何度かの改修工事でリニューアルされているが、基本的には全く変わらない姿だろうと思う。
25年経過したので、これも改めて訪問したいと思う

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

1996年の撮影から-資生堂アートハウス(静岡県掛川市)

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資生堂アートハウス
設計:谷口吉生・高宮真介
竣工:1978年
静岡県掛川市
撮影 1996.4.13

資生堂掛川工場の一角に建つ企業美術館。
もともと、資生堂の製品やポスターデザインなどに関する展示が中心だったが、2002年にリニューアルされ、美術館としての機能を強化させた。
1979年の日本建築学会賞を受賞した作品。
円形と正方形からなる単純な2つの部分を、S字型の通路でつないだ幾何学的形態が特徴である。
外壁は、この時期によく使われたラスタータイル張りで、その部分に関しては時代を感じさせるが、40年経っても色あせないデザインはさすがである。
かなり時間が経過してしまったので、そろそろ再訪したいところだ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

山梨文化会館(山梨県甲府市)

山梨文化会館
設計:丹下健三
竣工:1966年
撮影 2019.6.9 山梨県甲府市

ブログに掲載した建築を地図にプロットする作業をしていたのだが、結構抜けていることに気がついたので、過去の写真を順次載せて行こうかと思う。

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山梨文化会館と聞くと公共施設のようだが、実は山梨日日新聞・山梨放送グループの本社ビルである。
直径5mの円柱16本で支えるユニークな構造の建物で、丹下健三の代表作のひとつとして知られている。
円柱内部には、エレベーター、階段、トイレ、空調設備などが収められている。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

真壁伝承館(茨城県桜川市)

真壁伝承館
設計:渡辺真理+木下庸子+山口智久/設計組織ADH
竣工:2011年
茨城県桜川市

旧真壁町に建つ複合施設で、図書館・歴史資料館・本館(インフォメーション)・ホールが入る。
周囲は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、敷地も江戸時代の陣屋跡になっている。
震災直後の2011年9月にオープンした。
何度か訪れているが、天気に恵まれなかったので、今回再訪した。

道路側
道路側から

街並み
周辺は古い町並み

配置
建物は、中庭を中心に4つの施設を配置している。

入り口
資料館と本館の間にある入り口から

中庭
中庭
外壁は白と黒のコントラストとランダムに開けられた開口部で、伝統的な街並みとの調和を表現する。

裏側
東側から
屋根の連なりが界隈性を演出する。

駐車場から
北側の駐車場から

モノクロ
赤とオレンジのコーンが見苦しいので、モノクロで。
建物は白と黒のコントラストなので、モノクロが似合う。最近の流行でもある。



テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

日立市新庁舎(妹島和世+西沢立衛/SANAA)

日立市新庁舎
設計:妹島和世+西沢立衛/SANAA
茨城県日立市

日立市庁舎は2011年の東日本大震災で被災したため、2013年に設計コンペが行われ、妹島和世+西沢立衛/SANAAが設計者に選ばれた。
SANAAによる提案は、シンプルにまとめられた執務棟とその前面に設けられる半屋外の大きなオープンスペースに特徴がある。
基本設計では、執務棟の各階には水平のルーバーが設けられ、半屋外スペースを覆うのは大きな一枚屋根だったが、予算削減のために現在のような形になった。

執務棟は第1期工事として2017年に完成し、大屋根部分と別棟のコミュニティ施設が2019年に竣工した。
2019年春に訪れたが、外構に残工事があったようなので、そのうち再訪と思っていたら1年が過ぎてしまった。

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2019年4月撮影


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2020年6月撮影

執務棟はごくシンプルな箱である。
基本設計時のアルミルーバーがなくなってしまったのは残念だが、連続ヴォールトの大屋根との対比は悪くない。

連続ヴォールトの大屋根は、鉄板を半円状に曲げ、溶接した上でリブで補強してある。
さりげなく見えるが、施工は難しい。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

過去の撮影から-JR小淵沢駅(山梨県北杜市)

いい季節だが遠出も出来ないので、過去の写真を整理している。
記事にするタイミングを失った写真を、ボチボチとアップして見る。


JR小淵沢駅
設計:北川原温
竣工:2018年
山梨県北杜市
撮影 2018年9月、2019年6月

中央線の駅・小淵沢は小海線の始発駅でもある。
小海線は小淵沢駅を出ると次第に高度を上げ、清里-野辺山間でJR最高地点(1375m)を通過する。日本一の高原鉄道である。
小淵沢駅はすでに標高880mほどにある高原の駅で、八ヶ岳や南アルプスの玄関口として親しまれているが、もともと狭小な駅前にはロータリーがなく、交通の混雑による歩行者の安全確保が課題となっていた。
そこで駅前を一方通行にし、小さなロータリーを設けて動線を整理し、駅舎の両側に小さな広場を整備した。
駅前広場と前面道路との間には約4mのレベル差を処理するため、既存の擁壁を撤去し、新たに140mに及ぶ石垣を設けている。

1全景
前面道路から見ると、長い石垣の上に濃色のアルミパネルの箱がふわりと乗っているように見えるという仕掛けである。


2全景西から

3全景東から

4外観

5外観
1階の外壁は、三角形にカットした赤松材を縦張りにしている。
2階はフッ素樹脂焼付塗装を施したアルミの厚板に、大きなガラスの開口部。天気がよければ南アルプスが見えるはずだ。


7キャノピー東
東側の広場に設置されているキャノピーは、厚さ6mmのステンレス板を曲げ加工したもの。

6キャノピー西
西側の広場には、一回り小さなキャノピー

8内部

9内部

10内部
内部空間


11ホームから
ホームから


竣工間もない2018年9月に訪れたが、生憎の天気だった。
ここは八ヶ岳と南アルプスに挟まれた高原の駅である。
そんな絶景の場所で、この空では満足できるはずもなく、翌年再度訪れたが雨。
今年こそと思ったが、そんな状況ではなくなってしまった。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

高田松原津波復興祈念公園 国営追悼・祈念施設(岩手県陸前高田市)

高田松原津波復興祈念公園 国営追悼・祈念施設
設計:プレック研究所・内藤廣建築設計事務所JV
竣工:2019年6月
岩手県陸前高田市
撮影 2020.3.21

2011年3月11日、陸前高田は最大17.6mの津波に襲われ、中心市街地はほぼ壊滅した。
広田湾に面して、約7万本もの松が植えられていた名勝高田松原も、1本を残し全てなぎ倒された。
その1本の松は「奇跡の一本松」として有名になったが、同年10月には再生不能として保護を断念し、復元という形で残されることになった。
「奇跡の一本松」が立っていた近くには道の駅高田松原があったが、津波で損壊し、現在は震災遺構として残されている。

高田松原があった広田湾には高さ12.5m、総延長2mの防潮堤が造られ、後背地に「高田松原津波復興祈念公園 国営追悼・祈念施設」が建設中である。
2019年6月、津波伝承館と道の駅の複合施設が先行して竣工した。

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4時45分ごろ現地に着いた。
ピロティの向こうに、細い月が見えている。朝日はこの方向から昇るようだ。
視線の先には嵩上げされた防潮堤の上に「海をの望む場」があるが、開館時間前なので行けない。

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ピロティのスパンは23m。高さは4.9m
中央、上に開いた開口部から、薄明の光が落ちて来る。
開口部の下には7m×7mの水盤

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海へとまっすぐ向かう強い軸線が意識されている。
防潮堤までは320mの距離がある。高さは12.5m。

2階部分は遺物保管庫になっている。
コンクリートのカーテンウォールで、1枚の大きさは縦3.25m、横2.75m。
北側に開けられた18434の穴は、東日本大震災の犠牲者数を表している。

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海へと続く強い軸線。
その軸線に直交して、長大でシンプルな箱がピロティで持ち上げられている。
誰しも広島のピースセンターを想起するだろう。どちらも「祈り」の施設。もちろんその対象は違うが、ピースセンターもこの施設も対象物での強烈な軸線を見出したことが全てだったのかも知れない。

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建物の全長は160m。
中央のピロティを挟んで、東側に津波伝承館、西側に道の駅「高田松原」が設置されている。

開館時間までには大分間がある。
周辺はまだ工事中。復興祈念公園として完成するのはもう少し先のようだ。数年後に再訪してみたい。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

ひたち野リフレ(茨城県牛久市)

ひたち野リフレ
設計:妹島和世
竣工:1998年
茨城県牛久市

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JRひたち野うしく駅に直結する事務所ビル。
当初はURの事務所などが入っていたが、現在は牛久市の所有になっている。
15度上向きに取り付けられたガラスのルーバーが空の表情を映し出す。
背面はパンチクグメタルで覆われていたが、不評だったのかすぐに一部が撤去された。現在は2階から上が全て撤去されたが、中途半端に撤去するよりこの方が良かった。

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なぜ今この建物を撮影したのかと言うと、超広角16mmのパースペクティブ効果を試して見たかったから。

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背面から見る。
前景を含め Carl Zeiss FE4 16-35(16mm側)で撮影
太陽を入れたが、ゴーストが全く出ない。
こういう写りのレンズは初めてだ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

慶長使節船ミュージアム(宮城県石巻市)

慶長使節船ミュージアム(サン・ファン・バウティスタ・パーク)
1996年竣工
設計:石井和弘
宮城県石巻市

サン・ファン・バウティスタ号は、江戸時代初期に仙台藩で建造された帆船である。
伊達政宗は、慶長年間にスペインの宣教師ルイス・ソテロや家臣の支倉常長らをスペインやローマに派遣した。その慶長遣欧使節の渡航で、太平洋の横断に使用された。
1993年に復元が行われ、1996年に開館した「慶長使節船ミュージアム」に係留、展示された。
「慶長使節船ミュージアム」は、展望棟とドック棟から成り、展望棟から長いエスカレーターでドック棟に降りるようになっている。
ドック棟は全面ガラス張りで、サン・ファン・バウティスタ号を直接見ることができるほか、船内の見学もできたが、2011年3月11日に発生した津波により、ドック棟は破壊され、展示物の多くが流失した。
サン・ファン・バウティスタ号は、津波を乗り越えたため、一部の損傷で済んだが、同年4月の暴風で、マストが折れるなどの被害を受けた。
船と施設の修復は2013年に完了し、展示は再開されたが、2016年の調査により、サン・ファン・バウティスタ号は老朽化が進んで危険とされ、現在は船内及びドック棟の見学は停止されている。
船の修復は現在の技術では難しく、残念ながら解体が有力視されている。

1999年秋に初めて訪れたが、閉館時間を過ぎてしまったため、見学が出来ず、外部から眺めただけに終わってしまった。

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1999年10月23日撮影

上から_R
今回撮影

ドック棟_R

ドック棟2_R
青い看板から1m下が津波到達高さ

エスカレーター_R
ドック棟からエスカレーターと展望棟を見る

エントランス_R
展望棟エントランスは、屋上から階段を下りてアプローチする

屋上_R
屋上から
ガラスのスクリーンの上に、なぜこんな不格好な手摺を付けたのだろうか。当初はこんなではなかったはずだが。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

シーパルピア女川(宮城県女川町)

シーパルピア女川
設計:東利恵
竣工:2016年
撮影 2020.3.20 宮城県女川町

女川は防潮堤に頼らないまちづくりを選択した、と言われることがあるが、若干ニュアンスが違うようだ。
実際には100年に1回の津波(5m)を想定し、5.4m以上の防潮堤を造る。その背後地を防潮堤以上の高さに嵩上げしている。防潮堤には見えないだけで、むしろ強固な防潮堤であるとも言える。
女川町を襲った津波の最大高さは17.42mで、高台に位置する町立病院まで達した。この数字はは宮城県内では最も高い。
5.4mの防潮堤では、東日本大震災級の津波には耐えられないということになる。
女川町は東日本大震災の教訓から「防潮堤では災害を完全に防ぐことは難しい」と考え、大地震が発生したら逃げることが重要だという方向に舵を切った。
防潮堤により、海と市街地が分断され、海が見えないまちづくりはやめよう。とにかく、女川町はそういう選択をした。

JR石巻線の終着駅「女川駅」は、海への軸線を意識して、強い正面性を持って海と向き合っている。
その視線の間にプロムナードが計画され、プロムナードを挟む形で商業施設が計画された。
設計を担当したのは東利恵。
東孝光の娘である彼女は、あの「塔の家」で育った人物だ。
設計開始から竣工まで1年4か月という、シビアなスケジュールの中で、工期短縮という観点からも、木造平屋建て(一部鉄骨造
が採用された。
建物はプロムナードを中心に、2か所の中庭を配した6棟の分棟配置になっていて、シンプルな切妻屋根の連続が界隈性を演出している。
東利恵は軽井沢の星野地区でいくつかの建物を手掛けているが、手慣れた造形と言っていいだろう。

駅から
女川駅から

海が見える
海に通じる強い軸線を感じる

正面に駅
駅舎がビューストップとなる。このプロムナードと商業施設の建設まで見越したコンセプトであったことがよくわかる。

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テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

JR女川駅(宮城県女川町)

JR女川駅
設計:坂茂
竣工:2015年
撮影 2020.3.20 宮城県女川町

2011年3月11日、東日本大震災による大津波で、女川町は壊滅的な被害を受けた。
JP石巻線の終着駅である女川駅は海岸からすぐ近くの位置にあり、列車もろとも流されてしまった。
建築家坂茂は、震災直後から避難所に紙管による間仕切りの設置という活動を行い、次にコンテナを利用した3階建ての仮設住宅という提案を行い、実現させた。
3階建ての仮設住宅は住み心地もよく、評判も上々だったが、一般の仮設住宅に住んでいる人には、格差が生じるため申し訳ない。そこで次に何が欲しいか住民にアンケートを取ったところ、銭湯という意見が多かった。
さすがに仮設では難しいと考えていたが、女川駅を復旧する計画があり、近くにあった「ゆぽっぽ」という温泉施設を液と合築するアイデアが出て、避難所から関わって来た坂茂が設計を行うことになった。

女川の復興計画は、100年に一度の津波を想定した計画になっている。
高い防潮堤を造り、海が見えない街づくりをするのではなく、防潮堤と一体化して全体を嵩上げするという考え方に基づいている。
具体的な津波の想定は5mで、女川駅は既存の駅舎から山側に150m移設し、約7mの盛土の上に建設された。
鉄道の線路は、まっすぐ海に向かっており、駅舎は海につながる強い軸線を意識して設計された。
その軸線上には、後に「シーパルピア女川」という商業施設が建てられることになるが、駅舎はそれを見据え、軸線と呼応するようにシンメトリーな外観を構成している。

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1階には駅事務室とギャラリー、2階に温泉施設がある。
銭湯には絵が欲しいと考えた建築家は、千住博、水戸岡鋭治の両氏、地元でスペインタイルを手掛けている阿部鳴美氏との協働で、タイルによるアートを提案し、LIXILの協力も得て実現した。

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屋上から屋根を見る

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屋根部分の見上げ

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駅コンコースから、まっすぐに海まで見通す

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女川駅は日本に2つしかない「海が見える終着駅」なのだそうだ。
屋上の展望テラスから、シーパルピアを通して海を見る。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

小山敬三美術館(長野県小諸市)

小山敬三美術館
長野県小諸市
設計:村野藤吾
1975年
撮影 2019.12.22

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小諸市出身の洋画家、小山敬三の作品を展示する美術館。
懐古園に隣接する高台に建ち、懐古園と共通で入館出来る。
内外とも、うねるような曲面の壁で構成されている。村野藤吾らしい造形と言える。
傾斜地に建てられていることを利用し、床にも傾斜がある。

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展示室先端は地面から浮いている。この前年に竣工した日本興業銀行本店ビル(現存せず)に通じるデザインである。


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旧居兼アトリエが真鶴町から移築され、記念館として公開されている。


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参考までに、大手町で異彩を放っていた日本興業銀行本店ビル。(2007年撮影)
1974年竣工。
2018年に解体された。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

大田区休養村とうぶ(伊東豊雄)

大田区休養村とうぶ
設計:伊東豊雄
1998年
長野県東御市
撮影 2019.12.22

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東京都大田区が長野県東部町(当時)に設置した保養施設で、大田区民以外も宿泊等の利用は可能である。
大きな三日月形の平面形で、差し渡し230mほどもある。
高低差20mほどの傾斜地に建てられているため、どの断面もほぼ2階建てだが、実際は4階建てである。
20年ほど前の作品だが、この時期の伊東豊雄の作風がよく表れていると思う。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

The Okura Tokyo(ホテルオークラ東京の建替え)

The Okura Tokyo
東京都港区
撮影 2019.12.28
設計:虎ノ門2-10計画設計共同体(大成建設一級建築士事務所、谷口建築設計研究所、観光企画設計社、日本設計・森村設計・NTTファシリティーズ)

ホテルオークラ旧本館は1962年に完成した。
設計には谷口吉郎、小坂秀雄(郵政省建築部長)、清水一(大成建設設計部長)、伊藤喜三郎(伊藤建築研究所所長)、岩間旭(三菱地所建築部長)らによる設計委員会が当たった。
中でも象徴的な空間であるロビー廻りは谷口吉郎が担当した。
オークラ本館は2015年に閉館、解体されることになり、内外から多くの反対の声が寄せられた。自分も反対だったが、すでに規定路線だった。
谷口吉生が全体計画を担当することになれば、ロビーのデザインも踏襲されるのではないか、と淡い期待を持った。

01神谷町から_R
神谷町附近から
左奥に見えるが、大規模再開発の影響で通行止めの道が多く、まっすぐ近づけない。

02虎ノ門ヒルズ遠景_R
ポケットパークから虎ノ門ヒルズが見えた。
土地勘がないのでよくわからないが、目指す建物も虎ノ門にある。このあたりは赤坂、六本木、虎ノ門が接しており、東京でも一番の立地であると言える。

03東側下から_R
東側の坂下から
ここは約20mもの高低差があり、東側の道路は物凄い坂だ。

04東側坂下から高層棟見上げ_R
高層棟(プレステージタワー)の見上げ

05地形断面_R
地形の断面図
敷地の東西でこれだけの高低差がある。

06高層棟正面_R
プレステージタワー正面。
端正なファサードではあるが、ちょっと気になったのはガラスのゆがみが大きいこと。

07前庭 (2)_R
ホテルエントランスは5階レベルにある。
広く前庭を取り、高層棟(プレステージタワー)と低層棟(ヘリテージウイング)が、90度の軸線で配置されている。
前庭には水盤があり、六角形の島がある。2棟の軸線が島の中心で交差するという、谷口吉生らしい配置である。

08前庭_R
敷地南側には、日本最古(1927年)の個人美術館である「大倉集古館」が建つ。道路を挟んで、オークラの別館。かつての本館のイメージはまだここに残っているが、これも取り壊される運命にあるようだ。
遠景には泉ガーデン、六本木グランドタワー、アークヒルズなど。

朝のうちは陽が当たらないので、寒々と見えてしまう。ここを撮影するなら午後がよかった。

09高層棟エントランス2_R
プレステージタワーのエントランス

10低層棟エントランス_R
ヘリテージウィングのエントランス
ホテルのフロントはプレステージタワーにある。
客室はプレステージタワーの上層部とヘリテージウィングにあり、プレステージタワーの低層部は主にオフィス。

11すだれ_R
細かいアルミのすだれ状のスクリーン
谷口吉生の特徴が出た部分

12ロビー_R
さて、問題のロビーはプレステージタワー5階にある。(5階と言っても、見た目は1階)
旧本館のデザインがほぼ完璧に再現されている。
正直、ここまで忠実に再現されるとは、多くの人が思っていなかった。

13ロビー2_R
障子の上部に、麻の葉模様と呼ばれる細かい格子模様。
これも忠実に再現された。

14ランタン_R
「オークラ・ランタン」と呼ばれた照明器具も、LEDで蘇った。

15ロビーテーブル_R
ロビーに置かれた漆塗りのテーブルに、ランタンの光が反射する。
テーブルと5脚の椅子は梅の花を表現している。

16メザニンへの階段_R
旧館では、ロビーに橋を架けたいという施主の要望でメザニン(中2階)が作られたが、これも再現された。
メザニンへの階段。

17メザニンから1_R

18メザニンから2_R
メザニンからロビーを見下ろす。
贅沢な空間である。

19メザニンからエントランス_R
メザニンからエントランス方向

20エントランス_R
エントランス正面。奥にフロント。
以前から、石草流の生花で飾られることになっている。
前庭の六角形の島は、この花が飾られている大鉢の形状に呼応していることに注目。

21大倉集古館東側_R
大倉集古館東面
大倉集古館は、伊東忠太の設計で1927年に建てられた、日本最古の個人美術館。
今回、道路側に6mほど曳家した上で、地下の増築及び免震工事が行われた。改修設計は谷口吉生。
年末年始の休館だったので、こちらは次回としたい。

22大倉集古館北面_R
大倉集古館北面

23別館全景_R

24別館南側_R
別館は解体し、タワーマンションになるという噂がある。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

軽井沢高原文庫(長野県軽井沢町)

軽井沢高原文庫
長野県軽井沢町
1985年
設計:GK設計
撮影 2019.12.21

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軽井沢高原文庫は、軽井沢タリアセンが運営する文学館で、堀辰雄、室生犀星など軽井沢ゆかりの文学者の資料を展示する。
軽井沢タリアセンとは、道路を挟んで反対側に位置している。
堀辰雄の山荘、野上弥生子の書斎、有島武郎の別荘なども移築されているが、今回は時間がないのでこれだけ撮影した。

建築的見どころは、H型鋼を用いて軽快に表現された切妻の形状だろう。
これは軽井沢タリアセン全体で、共通に使われているデザインに則ったものということが出来る。

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タリアセン内で見られるフォリー

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

軽井沢発地市庭

軽井沢発地市庭(かるいざわほっちいちば)
2016年
設計:宮本忠長建築設計事務所
長野県軽井沢町
撮影 2019.12.21

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発地地区に2016年に出来た農産物等の直売所。
車寄せのデザインなどから見て、軽井沢ではアウトレットの建物も手掛けている柳澤孝彦氏の設計ではないかと踏んだのだが、実際は宮本忠長建築設計事務所だった。
創設者の宮本忠長氏は長野県須坂市生まれ。佐藤武夫設計事務所を経て、長野市で設計事務所を開く。
主に長野県内で、多くの公共施設等を手掛けている。関東では千葉県の「サンライズ九十九里」が有名。確か奥日光の休暇村も
宮本忠長氏の設計だったように記憶している。2016年に死去。


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少しずつ傾斜を変えた屋根の表情が、浅間山の稜線と呼応する。


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斜めに貫通した通路の奥に、浅間山が借景として現れる仕掛けなのだが、ちょっと雑然としているのが残念。


自分は買い物に興味がないので、軽井沢に来たときのお土産物などはここ1軒で済ませている。
通常の道の駅などとはちがい、軽井沢ならではの、おしゃれなものも買えるのがありがたい。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

ハラ・ミュージアム・アーク(群馬県渋川市)

ハラ・ミュージアム・アーク
設計:磯崎 新(1988年)
撮影 2019.9.7 群馬県渋川市

そういえば、今年磯崎 新がプリツカー賞を受賞した。
プリツカー賞は、ハイアット財団(プリツカー一族)が建築家に対して授与するもので、建築賞としては最も権威がある賞とされる。
これまでの、日本人の受賞者は
 丹下健三
 槇 文彦
 安藤忠雄
 妹島和世+西沢立衛
 伊東豊雄
 坂 茂
の6組7人で、磯崎は8人目の受賞である。
その実績や国際的知名度を考えると、なぜ今頃?とも思えるが。

ハラ・ミュージアム・アークは、東京の原美術館の別館として、1988年に開館した。
榛名山中腹の、伊香保グリーン牧場に隣接する高原に建てられた現代美術専門の美術館である。
原美術館は、来年12月を以って閉館し、ハラ・ミュージアム・アークが「原美術館ARC」と館名を変更する予定になっている。

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この時期の磯崎の作風がよく出た建築である。
確か1992年に訪問しているが、その後増築が行われているはずだ。
メンテナンスが行き届いていて、とても綺麗な状態に保たれているのが好ましい。
3つのギャラリーと特別展示室が半屋外空間を介してクラスター状に配置されている。

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ギャラリーAのみ撮影可能
現代美術家、加藤泉の展覧会が開催中

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特別展示室と、広大な庭園の向こうに赤城山を望む

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

金沢21世紀美術館(石川県金沢市)

金沢21世紀美術館
石川県金沢市
設計:SANAA(妹島和世+西沢立衛)

寺町の「金沢建築館」から1.2kmほど歩き、金沢21世紀美術館にやって来た。
2004年に開館しているので、今年で15年になる。
2005年と14年に続き、3回目の訪問になる。

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金沢市の中心部、兼六園にも近いという立地の良さや、無料ゾーンの充実というような理由もあるが、公立の美術館にこれだけ人が集まるというのは画期的なことだ。


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外観
なかなか全体が撮りにくい建築ではある。


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金沢市役所側正面
ステンレス鏡面仕上げのオブジェと絡めて見る。


この日の金沢は駆け足だったので、本当はもう少しゆっくり滞在したいところだ。

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

金沢建築館(石川県金沢市)

金沢建築館
石川県金沢市
設計:谷口吉生
撮影 2019.8.3

銘板DSC05857-001_R

金沢出身の建築家、谷口吉郎と、その子息である谷口吉生を記念するミュージアムで、犀川の左岸、寺町通りに先月オープンした。
桜で有名な松月寺のほど近くである。(行った時は気が付かなかった)
谷口吉郎の生家があった場所に建てられた。

外観全景DSC05914-001_R
寺町通りから見た全景

外観J33A6457-001_R

外観J33A6570-001_R

ルーバーディテールDSC05854-001_R
アルミルーバーのディテール

ロビーJ33A6491-001_R
地階と2階が展示室になっている。地階のみ撮影不可。

2階から1階のロビー廻りを見る

エントランスJ33A6534-001_R
エントランス全景
アルミルーバーを透過した柔らかい光が降りそそぐ

游心亭J33A6503-001_R
2階は、谷口吉郎が設計した、迎賓館赤坂離宮の和風別館「游心亭」を忠実に再現した空間

游心亭J33A6530-001_R
同じく「游心亭」の茶室

水盤J33A6513-001_R
2階展示室の前面には、谷口得意の水盤と、遠景に金沢の市街地の景観

・・・・・・

階段DSC05936-001_R

階段DSC05933-001_R

犀川に面する北側はかなりの高低差があるが、こちらからも階段でアプローチすることが出来る。
この手摺壁のディテールは、谷口ならばやらないディテールなので、この擁壁部分は谷口の設計ではないと思われる。


比較的小規模のミュージアムで、今後どのような展示が行われるのかは気になるところだ。
2階の再現展示は面白いが、とりあえず見るだけの空間なので、もう少し具合的な利用が出来ればいいと思う。
建築は谷口ならではのもので、「さすがお上手ですね」という感じだが、インパクトは若干弱い印象だ。
谷口本人も言う通り、親子の設計手法はかなり異なるのだが、その対比や共通点を感じ取るのが建築を見る醍醐味かも知れない。

なお、本物の「游心亭」も見学可能になっているようなので、いずれ見て見たいと思う。
金沢には、来年、国立近代美術館の工芸館(北の丸公園)が移転するので、これもいずれ見る機会があるだろう。
何にしても金沢は見どころが多い。

次回は金沢21世紀美術館

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

ショウナイホテル スイデンテラス(山形県鶴岡市)

ショウナイホテル スイデンテラス SUIDEN TERRASSE
撮影 2019.5.1~4 山形県鶴岡市
設計:坂茂

5月1日
この日は未明に新潟を出て、日本海側を北上し酒田に向かう。
酒田には午後に間に合えばいいので、あちこちに寄りながらのんびりと行く。

1国道から_R
7時ごろ、鶴岡市内の国道7号線を走っていると、右手に気になる建物が見えた。
周辺は工業団地のような雰囲気だった(実際はサイエンスパークだった)ので、何かの研究施設、あるいは企業の研修所のような建物かと思った。


2看板_R
“SUIDEN TERRASSE”とあった。どうやらホテルらしい。
このロケーションにホテルは意外だった。


散歩をしていた女性と話をした。
昨年オープンしたホテルで、建築関係者がよく見学に来ると言う。
この建物のことは知らなかったが、国道から目に付いたことを話し、荘銀タクトや土門拳記念館の話をして別れた。


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エントランスから正面にロビー棟

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水面に浮かぶように配置された宿泊棟

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ロビー棟と宿泊棟は、軽快なフィーレンデールのブリッジで結ばれる。


誰が設計したのだろう。
造形を見る限り只者ではない。
あとから内部を見ると、坂茂を示すアイコンが各所に見受けられた。


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この日は曇り。
撮影してもあまり映えないので、後日再訪することにした。

・・・・・・

5月4日早朝
前日は鶴岡駅前のホテルに宿泊した。
スイデンテラスは、ここから車で数分の距離にある。
のどかな風景とは裏腹に、市の中心部からほど近い。


ここに「サイエンスパーク」が作られたのは2001年のことである。
21ヘクタールの土地を開発し、慶応大学の先端技術研究所を誘致。
数々のベンチャー企業が生まれ、地方再生の成功事例として注目を集めた。


2013年。
サイエンスパークは大きな壁に突き当たっていた。
21ヘクタールのうち、14ヘクタールが未利用のままだったのだ。

その頃、のちにこの庄内の地で地域に根ざしたベンチャー企業「ヤマガタデザイン」を設立することになる山中大介氏がここを訪れる。
山中氏は先端技術研究所の所長と面識があった関係で、この「サイエンスパーク」の見学に訪れたのである。
山中氏は勤めていた三井不動産を会社を退職し、ここで2014年、ヤマガタデザインを設立した。
ヤマガタデザインが14ヘクタールの土地を購入し、開発、企画、建設、運営の全てを担う形で、スイデンテラスは実現した。

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・・・・・・

朝食後、3たび訪問して見た。

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エントランスへのアプローチ
この造形は、田んぼの「はさ掛け」のイメージかも知れない。

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中央、折版屋根の建物はロビーやレストラン、ショップなどが入る。

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クラスター状に、G棟、H棟、Y棟という3棟の客室棟が、軽快なフィーレンデールのブリッジでつながっている。(G、H、Yは、月山、羽黒山、湯殿山の頭文字)

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遠景には月山
ドーム状の建物は、キッズドーム・ソライという関連施設。

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フロントは階段を上った2階にある。
屋根は折版構造に、タイロッドで補強している。
鉛直部材は圧縮を受けるわけではなく、張弦構造ではないが、豪雪地帯で軽快な屋根を実現する方法として考えられているようだ。


田んぼの中にリゾートホテルを作ってしまったその構想力と、さずがの造形力に感嘆した。
このホテルを中心とした地域再生が成功することを切に望みたい。
見た目よりもリーズナブルな料金設定なので、次に来る際はぜひ宿泊したいと思う。

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