FC2ブログ

震災半年

震災から半年が経過した。
節目ということで、今日の朝日新聞に注目の記事。

福島第一原発から放出された放射性セシウムの蓄積量を上空から航空機によって測定した地図が出ている。
福島県内は言うに及ばず、栃木県北部に伸びる汚染地域の帯が目に付くが、同様に茨城県南地域にいわゆるホットスポットがあるのがよくわかる。
牛久市、阿見町、取手市あたりは1㎡当り6万ベクレル以上、私の住んでいる地域も3万ベクレル以上の汚染地域になっている。(ちなみにチェルノブイリでは、3万7000ベクレル以上を「汚染地域」と定義したそうだ)
この地図には千葉、東京方面は出ていないのだが、すでに週刊誌などで柏、松戸周辺のホットスポットは話題になっているので、今更驚くことではないのかも知れない。

原因は3月15日に大量放出された放射性物質を含む雲が当日の風向きで南下し、運悪く雨が降ったためにホットスポットが出来てしまったのだろうと思う。
今になって言われても対処の仕様がないのだが。


1㎡当り3万ベクレルとは?
1平方キロ当りにすると300億ベクレルである。
私の住んでいる市は、大体75平方キロあるので、市全体では2兆2500億ベクレルとなる。
その量って、セシウム137がどれぐらいの量になるのか、大雑把に計算して見よう。

セシウム137-137gに含まれるセシウム原子の数は6×1023個になる。
これを昔はアボガドロ数と言った。今はアボガドロ”定数”と言うらしい。
この半数が30年間で崩壊する。(半減期30年)
3×1023個のセシウム原子が、30×365×24×60×60(秒)で崩壊する。
単純計算すると(30年間の平均という意味で)、セシウム1gの放射能は2兆3000億ベクレルという数字になる。
ここでWikipediaを見ると、セシウム137-1gの放射能は3兆2150億ベクレルと出ているので、当たらずと言えども遠からずであると言えるだろうか。

たった1gのセシウムから、1秒間に3兆個もの放射線が出ていて、30年経ってやっと半分になるのである。
わずかな物質にも、膨大な数の原子が含まれていることがよくわかる。

プルトニウム239(半減期24000年)で同様の計算をして見る。
半減期が長いということは、滅多に崩壊しないという風に考えがちだが、30年と24000年では8000倍、大きく見積もっても4桁しか違わない。
24000年は長い時間だと感じるのは人間の感覚で、104ほどの差は大したことはないと考えるべきなのだろう。
プルトニウム239-1gの放射能は、それでも数億ベクレルというオーダーになるはずである。

1gのセシウムの放射能が約3兆ベクレルならば、私の住んでいる市内全域に降ったセシウム137は1g程度ということになる。

新聞記事によれば、福島第一から放出されたセシウム137の量は15000テラベクレルだと言う。
計算してみると約4.7kgになる。洗面器に1杯分ぐらいだろうか。これが広範囲にばらまかれたのを想像しても、なかなか実感がわかない。
スギ花粉とか黄砂の量など、これとは比べ物にならない量だろうと思う。
これだけ小さな量が計り知れない影響を及ぼすのだから、放射性物質は怖いのである。


問題は1㎡当り3万ベクレルという数字がどの程度危険なのかが全くわからないことだ。

驚くべき発言

海江田万里という人は不思議な人だ。
玄海原発の再稼働を佐賀県知事に要請する中で、「原発の安全は国が保証する」と言ったそうである。

日本では、30年を経過した原発は、安全に関わる全ての設備(原子炉本体だけではなく、ECCS、非常電源、防潮堤も含むはず)の再評価を行い、概ね10年間の延長を許可する、ということになっている。

福島第一の6基は全て30年を超えた「老朽原子炉」であって、これまで6回の「再評価」を経ているはずである。
それどころか、1号機に関しては震災の15日後の3月26日に運転開始40年を迎えていて、去年のうちに10年間の再延長が認められている。許可したのは海江田万里という人だったはずだ。
福島第一については、すでに7回も国が安全を「保証」しているのである。
このことに関しては誰か責任を取るべきだと思うのだが、海江田万里という人はこの期に及んで反省もなく、まだ原発の安全を保障しようと言うのである。
ちなみに、安全を「保証」された玄海原発2号機も運転開始後30年を経た老朽原発。

驚くべき人であると思う。
ついでのことに、今後日本に大地震も津波もない、ということを保証してもらえないだろうか。

震災29日目

4週間経過した。

7日にも大きな余震があった。M7を超える余震は、3/11当日以来、4回目。
3/11に起きたのは
 15:08 岩手県沖 M7.5 Mw(モーメントマグニチュード)7.4
 15:15 茨城県沖 M7.3 Mw7.7
 15:25 三陸沖 M7.4 Mw7.5
の3回。
気象庁の資料によると、2回目の茨城県沖の地震がMw7.7で、現在のところ最大。
本震が巨大だったので、余震活動も活発である。
震度3ぐらいの地震には反応しなくなったが、大きな余震はそろそろ勘弁して欲しいと思う。

・・・・・・

今度の地震、津波の規模について、国や東電が「想定外」だったという言葉を繰り返したことについて、批判を浴びた。
「想定外」だったという言葉は一種の逃げであると思う。
今回のような津波が起こりうることや、その場合、原発の電源が喪失する可能性があることを、指摘していた研究者がいたこと次第にが明らかになって来ている。
想定はされていたのに、確率が低いとして考慮していなかったことの罪は大きい。
日本においては、地震と津波は最大限に想定しておかなければいけないことである。
そのあたりが、アメリカとは事情が違う。
アメリカは、カリフォルニアは別として、地震よりも別の脅威がある。

大事故を起こしたスリーマイル原発の場合、ジェット旅客機が衝突する可能性が想定されていた。
この原発は、ハリスバーグ国際空港の滑走路エンドから4kmしか離れていないのである。
羽田に当てはめると、お台場の中央防波堤埋立地あたり(現在、東京ゲートブリッジが工事中の埋立地)
に原発があることになる。
原発が本当に安全ならお台場に造ればいい、とはよく言われて来たが、絵空事ではないということになる。

スリーマイル原発に飛行機が墜落する確率は、1年間に1/1000000回を超えるとされていた。
その確率で対策が必要になったのである。
日本における地震・津波の確率はそれほど低いものとは思えない。


1000年に一度の地震、と言われているが、日本では原発の稼働年数を60年ぐらいにしようとしている。
ということは、1000年に一度の地震に遭遇する確率は単純に計算して6%ある。小さな確率ではない。
1000年に一度の事象には備えなければいけないのである。

今回の地震は1000年に一度の超巨大地震と言われる。
確かにその通りなのだが、世界的に見ると、1世紀に数回は起きている。
世界は広いのである。
2004年にスマトラ沖で超巨大地震が起きたが、次が日本でないと誰が保証できたのだろう。

震災23~26日目

最近、ネットの接続にトラブルが多く、記事をUPしにくい状況になっている。
ケーブルモデムに問題がありそうなのだが、今日のところは調子がよさそうだ。

■4/2(土) 震災23日目

震災後初めて電車に乗った。
「東電からの要請」とかで、鉄道会社も節電に努めている様子がうかがえる。
照明や暖房を落としたりしているのはわかる。
エスカレーターを止めたり、券売機の半分ほどを止めている駅もあった。
節電事態は悪いことではないのだが、あえて言わせてもらうと、現在問題になっているのはピーク時の供給量に問題があるので、需要が少ない時間帯に節電しても根本的な解決にはならないということ。


■4/3(日) 震災24日目

震災後初めての探鳥会。
うちの会としては比較的多めの10人が集まった。
久々に廻ったルートは、あちこちに地震の爪痕があった。
”稲敷”という地名はいかにも米どころを象徴しているが、実は田んぼの液状化の被害も深刻。


■4/4(月) 震災25日目

ある小学校の体育館の被災調査に行った。
ここは幸い大きな被害は見られなかった。

茨城県内では、11の学校で校舎が使用禁止になった。茨城県は耐震補強が遅れていたのがこの震災で表面化したと言える。

土浦市の国民宿舎「水郷」も解体が決まった。建物自体の被害もあったが、地盤沈下の影響が大きかったようだ。古いけれど味わいがある建物だったので残念なことである。


■4/5(火) 震災26日目

茨城県中央部の某所。
戦前の古い建物だが、地震の被害はほとんど見られなかった。
実は昭和初期のコンクリートは、非常に品質が良い場合が多いというのも事実。
隣に完成間近だった建物は、地震の被害を受けてオープンが数ヶ月遅れる模様。
多くは書けないけれど、どこかおかしくないか?
今の建物は、構造体は頑丈でも2次部材が雑なのではないか。これは以前の記事でも指摘した。

震災22日目

気になることがあった。
色々なブログで、東京湾岸、船橋の三番瀬や不忍池、皇居などで、カモメの油曝個体が多く観察されていることである。
これらの場所は、もともとカモメの個体数が少ないこともあり、通常、油曝個体はあまり見られない。
東京湾で何らかの汚染があるのだろうと思われた。
市原でのコスモ石油製油所の火災の影響があるのだろうかと思うが、あの事故に関しては続報がほとんどないので、詳細はわからない。

今回の津波災害で、東北の太平洋岸で、広範囲の汚染があるだろうということは誰でも想像できる。
銚子のカモメ類に汚染が見られないはずはなかった。
それは分かりきったことだったが、これほどまでとは思わなかった。


「礁」前の、1000羽ほどのカモメの中に、程度の差はあるものの、ざっと50羽ほどの油曝個体がいた。
第3漁港周辺には、カモメの数は少なかったものの、油曝個体は容易に見つけることが出来た。
1時間ほどの間に60羽以上を確認した。もちろん、こんなことは初めてである。



ホイグリン(タイミルセグロカモメ)



セグロカモメとオオセグロカモメ
わずかな汚れではあるが。。。



オオセグロカモメ(第1回冬羽)
第1回の場合は、全身褐色であるため、汚れが目立たない場合も多い。
潜在的にはもっと多いかも知れない。



このオオセグロカモメは、腹にわずかな汚れ。

ほとんどのカモメは、比較的軽い汚染には見えるが、どの程度の汚染が危険なのかはよくわからない。
僅かな汚染でも致命傷になり得るという話もある。

海岸線が広範囲に汚染されているのは間違いない。
カモメはまだ目立つからわかりやすいのだが、海ガモ類、アビ類、カイツブリ類、ミズナギドリ類、ウの仲間、ウミスズメの仲間などの汚染状況は全くわからない。

東北の太平洋側には、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている場所が2箇所あり、ウトウやウミスズメの繁殖地もある。
今はまだ、野生生物にまで手が回らないだろうが、野生生物の被害は環境汚染のバロメーターとも言える。

震災21日目

どこもそうだと思うが、町に書店がない。
行きつけだった牛久の”B”や阿見の”B”は数年前に閉店した。
本好きの間では、最後の砦のような書店だった。
ブックオフやアマゾンの存在は有り難いが、それは別の楽しみである。
今や、書店難民と言ってもいい。


書店はないわけではないが、ゲーム屋さんやレンタル屋さんがついでにやっているような店ばかりである。
書店と言えば、今は大規模ショッピングセンターにしかない。
それが今度の震災で、ほとんどの店が閉まっている。

土浦の”A”は、地震後ずっと閉まっていたが、最近ようやく復旧した。
つくばの”I”は、ほとんどの店舗が休業。
同じくつくばの”L”も多くの店が休業。

先日の記事にも書いたが、スーパーやホームセンターなど、多くの店が被害を受けた。
いずれの店舗も、ここ数年の間に出来た大規模店舗ばかりであるが、私は特に驚かない。
「とにかく安ければいい」という風潮の弊害がやっぱりここに来て現れたのだと思う。


これだけ建設業界が不況なのにゼネコンがやって行けるのはなぜか。
それは、下請けを叩けるからである。
どの建設現場でも、実際に仕事をしているのは下請けの零細企業である。
これらの企業は赤字でも受けざるを得ない。なぜならいくらでも受ける企業はいるからである。
仕事がないからと言って、社員に給料を払って遊ばせているわけにはいかない。
仕事はないよりはましなのである。

そういう風潮のもとにデフレが進行して来た。
我々の社会が抱えた病理である。

震災20日目

昼休み、いつもの沼でカモのカウントをした。
昨日ぐらいからすっかり春らしい陽気になったが、この辺ではまだ桜が咲く気配はない。
桜の木の洞ではシジュウカラが巣作りをしていた。季節は確実に歩んでいる。

・・・・・・

東京都では、上野公園などでの宴会の自粛を求めているらしいが、これは根本的におかしい。
「このような時期に、花見で騒ぐのはいかがなものか」という感覚はわからないでもないが、そもそもそんなことは大人が自分で判断すべきものである。
公園の管理者として、派手なイベントやライトアップなどは中止する、というような判断はあってしかるべきだが、「自粛」などということは行政が上から求めるようなことではない。
大体東京都はこういう上からの押し付けが目立つ。

私はもともとドンチャン騒ぎの花見は嫌いなので、そのこと自体はどうということはない。
こんな時期だけに、静かな花見を楽しめばいいのにと思う。
こういう自粛ムードでは、花見のような行為自体が不謹慎と見られかねない。
そんなことを言ったら、公園でカモの数を数えていることだって不謹慎なことになる。


前にも書いたけれど、人には楽しみも必要。
被災者の苦しみを思いやるのも大事。
大人ならば、その兼ね合いを上手に判断できるはずであると思う。


私だって、普段のブログを自粛しているわけではない。
それなりに活動もしているけれど、今はそれよりこれを書きたいと思っているだけである。
桜の撮影も例年通り行うつもりでいる。

震災19日目

今日の朝日新聞によると、ある専門家は、すでにかなりの核燃料が溶融しているとの見方について「専門家には自明のこと」と語ったと伝えられているが、極めて不見識な発言であると考える。
わかっていたのならば、今日起こることを予測して、適切な助言を与えるべきであった。
いやしくも専門家を以て任じるのならば、あとから「私は全部わかったいた」というような無責任な発言はすべきでない。
大体、原子力の専門家というのは原発の推進側にいた人だろう。
今日の事態を招いた責任に関しては同罪である。責任は感じないのだろうか。

・・・・・・

アメリカもこの事態には大きな関心を持っているだろう。
問題の原子炉はアメリカ製だから、というのでもないが。

世界の代表的な原子炉メーカーとしては、アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)とウエスティングハウス(WH)、フランスのアレバが有名である。
日本では、日立、三菱、東芝が代表的メーカー。
WHの原子炉部門は東芝が買収した。


GEは沸騰水型、WHは加圧水型である。
福島第一の原子炉を製造したのは
 1号機-GE
 2号機-GE
 3号機-東芝
 4号機-日立
ただし、設計は全てGEなので、形式は沸騰水型である。

加圧水型の特徴は、1次冷却水と2次冷却水があることである。
1次冷却水には高圧をかけているために沸騰せず、300℃ほどの高温に保たれている。
1次冷却水は蒸気発生器で熱交換して2次冷却水を暖め、2次冷却水が原子炉格納容器の外に出てタービンを回して発電する。
放射能に汚染されている1次冷却水は、格納容器の外には出ない仕組みになっている。
2次冷却水は放射能に汚染されていない。


沸騰水型では冷却水は沸騰し、その蒸気が直接タービンを廻し、復水器で水に戻る仕組みなので、2次冷却水というのは存在しない。
沸騰水型は、汚染された冷却水が配管を通じて格納容器の外に出るので、今回の事故ではその弱点が露呈したのかと考えたが、事はもっと重大であったと思われる。
終息には今少し時間がかかりそうだ。

震災18日目

ちょうど1年前は、身延山の桜撮影に出かけていた。
今年は開花が遅く、早咲きで有名な名木もまだ3分咲き程度らしい。
大体1週間程度遅いようだ。

うちの方でもまだ咲くような気配はないが、ふと気が付くとハクモクレンが見頃になっている。
この花が咲くと本格的な春を感じさせてくれる。
気温が上がると、いくらかは心が落ち着くのだが。。。

・・・・・・

昨日は、2号機のタービン建屋の床から、通常の1000万倍の放射性物質が検出されたというニュースに仰天したが、あとで間違いだったことがわかった。

この誤報
「27日午前、2号機のタービン建屋地下にたまっていた水から、1cc当たり29億ベクレルの放射性ヨウ素131が検出された」
を考えて見よう。
1t当りにすると、2900兆ベクレルになる。
タービン建屋地下に溜まっている水が何トンあるかわからないが、仮に100トンとしたら29京ベクレルになる。
ある資料によれば、運転を続けている原子炉1基に存在するヨウ素131の総量は310京ベクレルになるそうである。
いくら何でもその10%に当たる量が溜り水の中に含まれているというのはちょっと考えにくい。
第一、福島第一原発は11日に停止していて、16日以上経過しているので、ヨウ素131の量は1/4以下になっているはずである。ヨウ素131の半減期は8.04日である。

・・・・・・

約8日で半分になるという意味について。

ここに、ひとつのヨウ素131原子があるとして、この原子がいつ崩壊するのかはわからない。
1秒後なのか、100年後なのか、全くわからないのである。
少しに見える量でも、そこに含まれる原子の数は膨大なので、確率的に半分が崩壊する時間はその物質によって決まっている。

ヨウ素131は、原子炉の核分裂に伴って生成される代表的な放射性物質で、半減期約8日でベータ崩壊する。
ベータ崩壊というのが、昔からよくわからなかった。(今でよくもわかっていないが)

アルファ崩壊は比較的わかりやすい。
陽子2つと中性子2つ、要するにヘリウムの原子核が飛び出してくる。
質量数が4つ減り、原子番号が2つ減る。

ベータ崩壊は、原子核から電子が放出される。
原子核に電子があるのか? と考えるのは早計。
実は原子核内の中性子が電子と陽子(と、ニュートリノ)に変化し、その電子が飛び出すのである。
同時に余ったエネルギーがガンマ線となって放出される。(という認識でいいのだろうか)
質量数は変わらず、陽子がひとつ増えるので原子番号は1つ増える。
つまり、ヨウ素131はベータ崩壊してキセノン131になる。
このベータ崩壊には”弱い力”が関わっているらしい。
自然界に存在する4つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)の中で、素人には一番わかりにくい概念である。

・・・・・・

福島、茨城産の野菜が出荷停止になっている理由としては、対象になっている野菜を標準的な量で1年間摂取した場合に健康被害が想定される量と言うことだが、これはちょっとおかしい。
1年間毎日同量を摂取するということは、放射性ヨウ素が毎日生成され続けていることが前提である。
福島第一はすでに止まっているので、これ以上生成されることはないはずである。
今、各地で観測されているヨウ素131は、原子炉建屋から出た水蒸気などから出たものが空気中の塵について落ちてきたものか、雨となって落ちてきたものだろう。
これは8日で半分になるので、もし基準の2倍以下であれば、8日経てば基準内に収まる。
東京あたりの水道水から検出されている量ならば、数日汲み置きしておけば十分ではないか?

今起きていることは、原子炉内の燃料棒が破損し、そこから大量の放射性物質が冷却水に溶け出して、配管を通して外部に出ているのだろうと思われる。
それを終息させるためには、とにかく原子炉を冷却し続けること以外にはあるまいと思う。


ちょっと乱暴な計算だが、
通常の原子炉にあるヨウ素131の量を300京べクレルとする。(前述の資料)
福島第一の1~4号機の合計は1200京べクレルと仮定する。
半減期8.04日で計算すると、1年で20万ベクレルほどに減少する。
約510日(17ヶ月)で、1ベクレル以下になる。
2年経つと、0.000000005ベクレルになる。

もちろん、楽観できないこともある。
ヨウ素131についてはそれでよいとしても、半減期30年のセシウム137はどうしたらいいのか。
ヨウ素131がベータ崩壊して生成されるキセノン131は、半減期約12日でガンマ崩壊するが、そのガンマ線の危険性については、私は全く知識を持ちあわせていない。

・・・・・・

原子力安全委員会によれば、「汚染水は、一時溶融した燃料と接触した格納容器内の水が何らかの経路で直接流出したと推定される」としている。
格納容器から出ている配管の一部が破損していて。そこから漏れていると考えるのが自然だろう。
原子炉内の核燃料は、かなり破損している可能性がある。
ただ、配管から放射線物質を含む水が漏れたのであれば、沸騰水型の弱点が出たのかも知れない。

震災17日目

地震当日、去年開港したばかりの茨城空港ターミナルビルの天井が落下する映像が繰り返し報道された。
あのように4辺を固定していない天井のデザイン自体は嫌いではないが、余程振れ止めをきちんと施工していないとこんなことになる。
設計・施工上、これは常識的なことだと思うが、新しい建築なのに守られていないというのは、やっぱりどこかに問題があったと言わざるを得ないのではないか。

うちの方では、建物の倒壊のような被害は少ないものの、こういう天井材の落下がかなり多い。
それも古い建物ではなく、最近出来たばかりの大型店舗で目立つ。
天井材の大半は石膏ボードである。これは9.5mm厚のもので、1㎡当り6kgほどある。軽いものとは言えない。

あるホームセンターでは、天井が広範囲に落下していた。
また、柱の耐火被覆の一部がはがれて鉄骨がむき出しになっていた。これは天井材が衝突することによって起きたと思われる。
煙感知器やスプリンクラーヘッドが宙に浮いている。こんな状態で営業していることに恐れいった。


別のスーパーではやはり天井が一部落下したが、こちらは数日休んで復旧工事をしていた。
そこで目立ったのは、ガラスの防煙垂壁が広範囲で落下していたことである。(落下したのかどうかは定かではない。割れたので撤去したのかも知れないが、いずれにしても危険なことである。)



大きく揺れたために、ガラスが壁や柱に衝突して破損させたことが伺える。ガラス自体も当然破損しただろう。
ガラスの防煙垂壁は、割れても落ちないように線入りになってはいるが、破片が落ちることは避けられない。
建物内で地震に遭ったら、出来るだけ頭の保護を。

・・・・・・

東京都町田市の「コストコ多摩境店」の車路倒壊はもっとおかしい。
町田あたりは震度5弱程度だったはず。
写真を見ると、車路を支える梁と建物本体の柱との接続部分が不自然である。
梁がはずれた建物側に接合部が見えないのである。ちょっとあり得ないディテールのように思われるが、今後詳細が明らかになるだろう。

・・・・・・

今回の地震は、津波被害が余りにも凄まじかったため、地震動による直接の建物被害がどの程度あったのかがあまり伝わって来ない。
宮城県内では栗原市で震度7を記録、青森県内から関東地方までの広い範囲で震度5弱以上の揺れを観測した。
今回観測された最大加速度は、栗原市築館での2933ガルである。

関東大震災の加速度が300~400ガルと言われていて、これまでの耐震設計はそれを基準にして来た。

阪神大震災においては、神戸で818ガルを記録した。
それと比べても、途方もない数値に見える。

2004年10月23日の新潟県中越地震では、同県川口町で2515ガルという加速度が観測された。
これが国内での最高記録だったが、2008年6月14日に起きた岩手・宮城内陸地震では、震源に近い岩手県一関市で、4022ガルの加速度を観測した。
これは世界記録としてギネスブックに認定されている。
今回の築館の記録は国内2番目の記録になる。

上に挙げた2つの地震は大きな被害をもたらした。
しかし、さほど大きな地震ではないにもかかわらず、1000ガルを越えるような加速度を観測するようなこともある。


地震時に建物に働く力は、質量と加速度の積と考えられるので、加速度は重要な指標と見られている。
しかしながら、加速度だけではわからないのが地震時の建物の挙動である。
加速度4000ガルと言えば、重力加速度の4倍だから、建築で言うところの水平震度は4.0になる。
単純に考えたら大抵の建物は倒壊してしまいそうだが、実際にはそうではない。

実際に建物に与えるダメージには、加速度(ガル)も重要だが、速度(カイン)がもっと重要なのではないかと思う。

非常に大雑把に言うと、速度の値は加速度の1/10程度になる
阪神の場合、最大加速度818ガルに対して、最大速度は91カインだった。
おおよそ100カインは大地震の目安と言ってもいいかも知れない。

ところで「カイン」の語源は何だろう。
普通、”kain”と表わされるが、”kine”と言うと、ギリシャ語で「運動」の意味だそうだから、これかも知れない。
「シネマ」の語源と同じと言うことか。

「ガル」の語源はカモメではない。ガリレオの頭文字だそうだ。重力加速度は質量に無関係であることを証明したから?

震災16日目

茨城県と千葉県の津波被害で、現在わかっていること。

■千葉県銚子での記録-気象庁による
 15:13 第1波 0.5m(地震後27分)
 15:36 第2波 2.2m(地震後50分)
 16:30 第3波 1.0m(地震後1時間44分)
 17:22 第4波 2・4m(地震後2時間36分) これが最大波

■千葉県内で、最大の被害が出た旭市(飯岡)での記録-朝日新聞記事より
 15:30ごろ 第1波
 17:20ごろ 最大波

飯岡は銚子から10数キロほどの距離にあるので、銚子の記録を参照すると、第2波と第4波に当たるのかも知れない。
この最大波で13人が死亡した。
地震後2時間半も経過したあとだったので、一度避難したにもかかわらず家に戻ってしまった人が被災したと見られている。

■茨城県大洗での記録-「日経アーキテクチュア 3月25日号」
 15:15 第1波 1.8m(地震後29分)
 16:52 最大波 4.2m(地震後1時間56分)

ここではいち早く避難が行われ、人的被害はなかった。
防災無線がずっと避難指示を出し続けたことが功を奏したそうだ。
このことは、今後の防災対策の参考になるだろう。

大洗から北の被害は詳しくは把握出来ていないのだが、那珂湊漁港、平潟漁港、大津漁港などで大きな被害があり、死者も出ている。

これだけ見ても、津波というものが極めて複雑な振舞いをすることがわかる。
最大の波が第1波ではなく、2時間前後も経過したあとの波だったということは、避難をするには十分な余裕があったということで、大洗ではいい結果を生んだが、飯岡では逆の結果になった。
津波警報が解除になるまでは絶対に戻らないこと、それは今までも言われて来たことだが、改めて今回の教訓としたい。
私は内陸に住んでいるが、頻繁に海岸近くで鳥見をしているので、他人事ではないのである。肝に銘じたいと思う。


震源が近い場合はそのような時間的余裕はない。

■大船渡での記録-「日経アーキテクチュア 3月25日号」
 14:46 第1波 0.2mの引き(地震とほぼ同時)
 15:15 最大波 (地震後29分)

今回、壊滅的被害を受けた岩手県と宮城県では、最大波は概ね地震後30分で到達していて、スムーズに避難が行われるためには非常に厳しい条件だったことがわかる。

・・・・・・

茨城県から千葉県は、非常に長い海岸線を持っているが、地形的にちょっとした特徴がある。
大洗から北は岩場が多く、南には砂浜が広がっている。
銚子は岩場が多い。特に銚子の外川から飯岡にかけては、屏風ヶ浦という数10mの断崖絶壁が続いている。
その断崖が終わって、長い九十九里浜が始まるところが飯岡である。
つまり、大洗と飯岡は、岩場と砂浜の接点のような場所で、岩場に遮られた波が何度かの干渉を繰り返して、1箇所に収斂したのかも知れない。

私のブログを読んでくださっている方には、大洗、銚子、飯岡というのはお馴染みの地名だろう。
どこも海鳥観察には絶好の場所である。
普通に野鳥観察が出来ることがどれほど有難いことか、とつくづく思う。

震災15日目

2週間が過ぎた。

茨城県南では、さすがにガソリン騒動は終息した。
この間、何度も長時間スタンドに並ぶことになり、その間は当然エンジンを切っていたのだが、この機会にアイドリングストップを心がけるようになった。

今日は60kmほど走行。往復の通勤で50km弱走るので、平日としては普通の距離である。
この間、信号待ちでエンジンを止めた時間を計測してみたら、約12分だった。
約2時間のうちの12分、ちょうど10%に当たる。

車は1分間にどれだけの燃料を空費するのか。
色々なサイトを探してみたら、2000ccクラスの乗用車で、14cc/min程度らしいことがわかった。
ただし、Dレンジに入れたままでエアコン作動の場合、その倍程度消費するらしい。
つまり28cc/minである。12分間では約0.34㍑になる。

私の車の燃費は、少なめに見積もって大体10km/㍑程度だから、60km走ると6㍑消費する。
このうち0.34㍑をアイドリング時に消費しているとすれば、アイドリングストップで5.7%節約できることになる。

私は1年間に40000kmほど走る(走り過ぎだ!)ので、約4000㍑消費する。
その5.7%を節約できるとすれば、228㍑減らせる。
150円/㍑で計算すると、年間34200円の節約が出来ることになる。馬鹿にできない数字である。


問題点がないわけでもない。
■反対側の信号をよく見ていないと、発進が遅れることになる。
■バッテリーやセルモーターに負担がかからないか。
■エンジンを切るとワイパーやウインカーが作動しない。

こういうことを言う人もある
■エンジンを切るとエアバッグが作動しないので、先頭車両になる時は危険もある。
■ブレーキの倍力装置が働かないので、エンジンを止めた状態で何度もブレーキを踏むと効きが悪くなる。坂道の場合はやめた方がいい。


一番問題なのは、夏になったら出来そうにないことである。
最近は自動的にエンジンが止まるような車も出ているが、その場合にエアコンが切れないようにするためにはバッテリーの強化が必要だろう。

震災14日目

福島第一は、かなり初期に出来た原発である。
運転開始と、経過年数は以下の通り。(経過年数は、震災発生時)
■1号機 1971年 39年経過
■2号機 1974年 36年経過
■3号機 1976年 35年経過
■4号機 1978年 32年経過
■5号機 1978年 32年経過
■6号機 1979年 31年経過

これを見ると、全て30年以上経過している。
老朽化、という問題はないのだろうか。

・・・・・・

原発の耐用年数として、しばしば30年という数字が出てくる。
実のところ、原発の耐用年数を30年とする明確な規定はないが、下の文章を読んでみてほしい。

国における原子力発電所の高経年化の対応については、電気事業者は各プラントが30年を迎える段階で、安全にかかわる全ての機器等を対象として長期間の運転を想定した技術評価を行い、10年程度の長期保全計画を策定し、これらの計画を国が評価確認し、更に、これをおよそ10年毎に実施予定の定期安全レビュー時に改めて全体的な再評価を行う仕組みとなっております。
            -関西電力のHPより引用

要するに、30年を経過したものは、(一定の技術評価は行うが)あと10年引き伸ばし、10年経てばまた10年引き伸ばす、ということに他ならない。
このようなやり方で、原発の耐用年数を60年ぐらいまで引き伸ばそうとしているのが国の政策である。
1号機に関しては、今月26日がちょうど40年目に当り、それに先立つ2月に10年の延長が決定されている。50年まで使うというのは規定の路線だった。

ちなみに、2月にこれを認可したのは海江田万里という人である。
この人は、東京消防庁の隊員を恫喝したとか、19日に福島第一の廃炉に言及したとか言われているが、私に言わせれば「よく言うよ」という感じである。


原発の新規建設が難しくなっているため、外国でも大体似たり寄ったりの政策らしく、「30年を経過したものは様子を見ながら50年ぐらい使いたい」という感じである。
だが、30年を過ぎたら老朽化が問題になる、ということは各国の見方の一致するところのようだ。
もちろん今回の地震でも、地震動に対しては原子炉は健全であり、事故は想定外の津波によって周辺機器が損傷を受けたことによるのはよくわかっている。

だが、上に引用した文章にも
 <安全にかかわる全ての機器等を対象として長期間の運転を想定した技術評価を行う>
と書いてあるのだから、想定を超えるような津波に対してECCSや電源が全てダウンするようなことはないのか、というところまで想定していたら、と考えるのは無理な注文だろうか。

「30年を経過したものは廃炉、それが無理ならば閉鎖する」と明確に決めておけば、今回の事故はなかったことになる。
それは結果論だ、それでは電力不足になるという反論があるだろう。
実際、「原発に反対ならば電気を使うな」という、無茶苦茶な議論が平然と行われて来たのだから。
我々は原発を推進したことも反対したこともないのである。我々には選択肢が与えられて来なかったのだ。

震災13日目

今日は茨城県でも海に近い地域にある小学校の被害調査に行った。
この学校、実はかなり耐震性が低いと判断されていたのだが、意外なほど無事だった。
地盤が強固だったので揺れが少なかったのだろう。液状化もなかったのが幸いした。

旧東町から神栖市、千葉県の旧佐原市(現香取市)方面は、至るところ道路の陥没、ひび割れ、路肩の崩落が見られた。
特に液状化が起こった場所の被害は深刻で、道路や駐車場に砂が溜まり、中には傾いた住宅も散見された。
波崎に向かう国道124号線も、ところどころ波打っている。

大洗で4.2mの津波があったので、こちらはどうだったのだろうかと思うと、意外に津波の被害があったようには見えなかった。
千葉県の旭市では大きな津波があったことがわかっている。
津波の高さは地形によって大きな影響を受けることはわかるが、それにしても起きた事象は複雑だったようだ。




波崎漁港の様子
岸壁は大きく波打っていて、割れたアスファルトがあちこちで盛り上がっていて、車で通れる状況にない。
津波ではなく、地震動の影響だと思われる。
近くでは液状化の影響で砂が吹き出したあとがあった。




鹿島神宮では、石の大鳥居が倒壊した。
すでに片付けられていて、土が盛ってあった。




これは鹿島神宮の境内にある「要石」
頭が地上に少しだけ出ている石だが、地中深くまで埋まっていて、どこまであるかわからないという石。
地震を起こす大鯰の頭を押さえ込んでいるという言い伝えがある。




小林一茶も、かつてこの地を訪れ、このような句を詠んだ。
私も、これ以上大鯰が暴れないように頼んできた。




茨城県内で一番被害が大きかった潮来市内の住宅地。
液状化のために、道路はひどい状態になっていた。




排水路が暗渠になっているが、液状化で浮き上がっている。




下水管は浮き上がり、ブロック塀は大きく壊れている。
ここでは、こういう被害が広範囲に及んでいた。


知識としてはわかっているつもりだったが、今回、液状化がいかに怖いものかが改めてわかった。
この現象は新潟地震の時に初めて注目されたが、阪神大震災や中越地震でも問題になっている。
今後はこれを防ぐことが重要な災害対策のひとつになるだろう。


今日はカメラがなかったので、ケータイで撮影した。
古い機種だけれど、意外によく写る。

震災12日目

今日は時間がないので、個人的な話をする。

亡き父は東京電力の社員だった。
父は技術屋で、配電畑を歩いていた。
わかりやすく言うと、電柱をどこに建ててどういうルートで電気を流すか、というような計画をする部署である。
今、同じような仕事をしている人は、計画停電のエリア分けのようなことをしているかも知れない。
又は、地震で分断されたルートの復旧に全力で取り組んでいるのだろうか。

父は戦争には行っていないが、もう少しで招集されるところだった。
招集されれば戦死していた可能性は高い。
学生だった父はそのころ東京にいて、4回空襲に合った。
4回目は言うまでもなく、3月10日の東京大空襲だった。
命からがら、茨城の自宅まで40kmほど歩いて逃げてきたが、両親でさえ誰だかわからないほど憔悴し切った姿だったと言う。

何度も死にかけたわけだ。
その段階で死んでしまえば、今の私はいないわけで、その意味では人間の存在は偶然の産物、もう少し言い方を変えれば奇跡のようなものである。
今、自分の娘の顔を見ながらつくづく思う。自分がいなければこの娘もいないわけだ。何という奇跡の積み重ねなのだろうかと。

父が東京電力の社員だったおかげで、私の一家は裕福とは言えないものの、それなりの生活を送ることが出来た。
その意味では東京電力には感謝している。
我が家は穏やかな暮らしを続けてきた、それは東京電力のおかげであるのだから。

激しい雷雨があると、休みの日でも父は会社に行った。(歩いて行けるぐらいの距離に営業所があったから)
電力会社にとって、停電はそれほど重大なことなのだ。
今も東電の社員は黙々と自分の仕事を続けているに違いない。
放射線を浴びながら、文字通り懸命の作業を続けている人もいる。
もちろん、消防や自衛隊も含めて。
それらの人たちや、家族の心中に少し思いを至らせてくれたら有難い。

震災11日目

福島第1の3号機は、ちょっと特殊な事情を抱えている。
それはこの炉が、国のプルサーマル計画の一環としてMOX燃料を使用しているからである。
MOXの話は、政府も東電も保安院も極力避けているようだが、黙っていれば無用な憶測を生むばかりである。
この期に及んで「今後のプルサーマル計画に支障を来たす」などと考えているようなら、まだ認識が甘いと言わざるを得ないのでは?
メディアももう少し勉強して、不安を煽るのではなく、正しい情報を。

・・・・・・

MOXの話はどこから始めたらいいのだろうか。
やっぱりマンハッタン計画まで遡らないといけないか?

第2次世界大戦時、アメリカはマンハッタン計画において、1つのウラン原爆と2つのプルトニウム原爆を製造した。
製造コストは約20億ドルである。(今の20億ドルではない。当時の貨幣価値で20億ドル)
「リトルボーイ」と名付けられたウラン原爆は広島に投下された。
2つのプルトニウム原爆のうちひとつ「ガジェット」はアラモゴルドで炸裂し、実験は成功した。
もうひとつ、「ファットマン」は長崎に投下された。
莫大な費用を投じて製造された3発は、結果的に全て使用された。


天然に存在するウランの大半はウラン238という同位体で、安定しており、核分裂は起こさない。
核分裂を起こすのは、わずかに存在するウラン235である。
原発ではこれを濃縮して使っているが、原爆では急激な連鎖反応を起こさせるために、高純度に濃縮する必要がある。
原爆に使えるほどに濃縮するには、極めて高度な技術と大量の電力を必要とする。
原爆として使用するには、ウランは効率が悪いらしく、リトルボーイ以後ウラン型原爆は作られていない。

プルトニウムという元素は自然界には存在せず、ウランを用いた原子炉からの副産物として生成される。
プルトニウムは原発の使用済核燃料から精製できるので、高濃縮ウランよりも比較的簡単に手に入る。

ウラン型原爆は、濃縮技術そのものは難しいが、連鎖反応を起こさせる手順は難しくない。簡単に言うと、臨界を起こすよりも少量の2つのブロックに分けておいて、合体させればいいのである。
そのため、広島型原爆は実験なしで投下出来たのである。それ自体が実験を兼ねていたという言い方も出来る。広島は実験台にされたのだ。
プルトニウム型原爆は、連鎖反応を起こすために爆縮という技術が必要になる。
中心近くに、球状に臨界以下のプルトニウムを配置し、その外側に爆薬を設置し、その爆薬に点火して中心部のプルトニウムを一気に合体させるのである。
このとき、爆薬の燃焼がプルトニウム全体に、同時に行き渡らせるために、爆縮レンズという方法を使う。
燃焼速度の速い爆薬の燃焼を調節するために、燃焼速度の遅い爆薬を内側に配置するのである。
問題は、それらを球状に配置するに当たって、全体をいくつに分割すればいいかということだった。
コンピューターがない時代、科学者たちが手計算で行った結論は32分割だった。
正20面体の、12の頂点をカットした32面体。20の正六角形と12の正五角形からなる32面体である。
”トランケイテッド・アイコサヘドロン” 昔のサッカーボールと同じである。
これは最高度の国家機密だったが、現在では普通に知られている。でなければここに書けるはずがない。

以降、プルトニウム型原爆は世界に拡散した。
現在でも核保有国の全てはプルトニウム型を保有しており、ウラン型原爆は事実上存在しない。

プルトニウムさえあれば、比較的簡単に原爆を製造できる。
日本も核武装すべきであるという意見を言う人も少なからずいて、私はその意見には全く同調しないけれども、日本の技術力をもってすれば可能だろう。
ほとんどの日本人はそういうことは否定するが、外国から見れば十分警戒に値する。
何しろ、日本は大量のプルトニウムを保有しているのである。

日本のプルトニウム政策の柱は高速増殖炉だった。
高速増殖炉にはプルトニウムとウランを混ぜた燃料をを使う。
それがMOX燃料である。

高速増殖炉は、燃やした以上の燃料を生成することが出来る。
車で言うと、ガソリンを燃やして走行すると、使った以上のガソリンが溜まるみたいなことだから、これはまさに夢の技術である。
どうしてそんなことが可能なのか。
先に書いたように、天然に存在するウランの大半は核分裂しないウラン238である。
高速増殖炉は、原子炉の周囲をブランケットと呼ばれるもので囲う。これがウラン238で作られている。
燃料のプルトニウムが核分裂して熱を発生すると同時に、発生した中性子をウラン238が取り込んでプルトニウム239になるのである。
言わば、使い道のないウラン238が、使えるプルトニウム239に変わるのである。
まさに夢の技術と言って良い。
これが「増殖」の意味である。
では「高速」とはどういう意味だろうか。

原爆というのは、核分裂の連鎖反応を急激に行う必要がある。それが”爆発”の定義だから。
原発は、この連鎖反応を緩やかに行うことで熱を取り出すものである。
連鎖反応は、核分裂に伴って放出される中性子によって行われる。
原発では、中性子の速度を落す必要があり、その減速材として水が使われているのである。(水は冷却材を兼ねている)
詳しいことは専門家でないのでわからないが、高速増殖炉においては、中性子線の速度を上げなけらばならないのである。それが「高速」の意味。
減速材として水は使えないので、金属ナトリウムを使う。
ナトリウムの厄介なところは、水に触れると爆発的に燃えるということである。
何しろ、水の中にパイプを通して、その中を高温の金属ナトリウムを通さなければならない。少しでも漏れたら爆発である。これが高速増殖炉が根本的に抱える問題だった。
フランスの”フェニックス”も、日本の”もんじゅ”もその問題をクリアできず、夢の計画はほぼ頓挫した。

それなら、この余ったプルトニウムをどうしたらいいか。
窮余の策で、プルサーマル計画が持ち上がった。
わかりやすく言うと、持て余しているプルトニウムをウランと混ぜて燃やしてしまおうという計画である。
福島第1の3号機でそれが行われている。始まったのは去年の10月だった。

プルトニウムの混合割合は6%程度ということなので、考えすぎなのかも知れないが、MOX燃料の方が明らかに危険度は大きいと言われている。

繰り返しになるが、とにかく正確な情報を隠さずに伝えて欲しいと思う。
疑心暗鬼を呼んでいるのが今の状況。

福島第1は、予断を許さない状況が続いているが、関係者の懸命の努力で、いい方向に向かっていると思う。そう信じたい。
私の方は200kmほど離れていて、放射線に関しては全く心配していない。
東京あたりの人が過剰に心配するのはいかがなものかと思う。
すでに風評被害が始まっている。
福島や茨城県産の野菜などはもう売れないだろう。
これに関しても国が明確なメッセージを出して欲しいと思う。

震災10日目

原発事故の報道の中で気になったこと。

「原発」「爆発」「ヒバク」という言葉が飛び交うと、誤解する人も多いのではないか。
”原発”が制御不能になって”核爆発”が起きるのではないか。それによって一般市民が”被爆”するのではないか、と心配している人がいれば、それは確かにパニックになるかも知れない。
今のところ実際に起きているのは”水素爆発”である。水素は激しく酸素と反応するので非常に危険であることはよく知られている。昔のツェッペリン飛行船「ヒンデンブルク」の爆発映像を見たことがある人はそれを思い出して欲しい。
「ヒバク」は”被曝”であって”被爆”ではない。「さらされる」という文字である。
もちろん、放射線に”さらされる”のはいいことではないが。。。
これは常用漢字にないせいか、TV画面でも「被ばく」などという交ぜ書きが行われていて、これは非常によくない傾向だと思う。
このあたりのこと、TVでもしっかり説明した方がいいと思うのだが。

・・・・・・

私は基本的に原発には反対だった。
理由は、原発という巨大技術には根本的に2つの欠陥があるからである。
ひとつは、放射性廃棄物の処分方法が確立されていないことである。
よく、トイレのないマンションに例えられてきた。
「このマンションにはトイレがないのですが、そのうち出来るでしょう」と言われてそのマンションを買う人がいるだろうか。
長期的には地中深くに埋めることになってはいるが、日本のように地殻変動が激しい国でそんなことが可能かどうか。
最も毒性の強い生成物、プルトニウム239で考えて見よう。

今福島で問題となっている放射性物質のひとつ、セシウム137の半減期は約30年である。これは長い部類に属する。放射性ヨウ素の場合、同位体によって異なるが、数時間とか8日というオーダーである。
一方、プルトニウム239の半減期は極めて長く、約24000年である。
つまり、24000年で半分が崩壊するということ。
48000年で1/4
72000年で1/8
96000年でやっと1/16になる。
数万年後の世界というのは全く想像できないけれど、そういう長い期間に渡って温度管理をしながら貯蔵するということが果たして現実的なことなのだろうか。


もうひとつは、原発には基本的に破局的なアクシデントは許されないということである。
航空機事故で亡くなる人の数は、1年間に千数百人ほどである。
これはこれで大変な数だし、ひとりひとりの命はかけがえのないものである。酷なようだが、全体としては一応許容されていると考えられる。
毎日のように旅客機が墜落するようでは飛行機に乗る人はいなくなるだろうし、航空産業は成り立たないだろう。
現在の確率では、事故は怖いけれどその確率は低いだろうと考えて皆乗っているのである。

原発に関して言えば、破局的事故の確率はゼロにしなければならないのである。「限りなくゼロに近づける」ではなく、本当の意味でゼロにしなければならない。日本でチェルノブイリのような事故が起きたら、本当に破滅なのである。
残念ながら、完璧というのはあり得ない。そこが原発の持つ根本的な矛盾であると思う。

絶対にあってはならない事故が、過去に2度起きた。
世界で最も進んだ超大国で起きたということは象徴的である。3番目が日本ではないという保証は「どこにもなかったが、まさかこんな形で本当になるとは。
参考までに、過去2つの事例を検証して見よう。


■スリーマイル事故
1979年3月28日
アメリカ、ペンシルベニア州スリーマイル島

初めは小さなトラブルから、蒸気発生器への給水が絶たれたことが大事故の発端になった。
蒸気発生器の蒸気は、タービンを廻した後に冷却されて水に戻り、蒸気発生器に送り返される。その仕組は福島の原発でも同様である。
スリーマイルでは、建設コストを下げる目的で配管に汎用品が使われていたため、配管の連結がうまくいかず、トラブルが頻発していた。
この日、目詰まりを起こしたバルブの操作に運転員が格闘している最中、突如バルブが閉じ、蒸気発生器への給水が止まってしまった。
緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動したにもかかわらず、計器の表示が不適切であったために誤作動と勘違いした運転員がECCSを止めてしまった。
そのため原子炉の冷却水が失われて空焚き状態となり、炉心溶融に至った。

※追記
スリーマイルは加圧水型、福島は沸騰水型で、仕組みがちょっと違った。


■チェルノブイリ事故
1986年4月26日
旧ソ連、ウクライナ共和国

運転中の原子炉が暴走、爆発し、砕けた燃料と水が反応して水蒸気爆発を繰り返し、周辺に大量の放射性物質を撒き散らした。その量は広島型原爆の600倍ほどと言われている。
この事故の場合、出力の急増は1秒足らずの間に起こり、環境に放射性物質が撒き散らされるまでにかかった時間は数10秒程度と言われている。
核反応を止めるための制御棒も設計ミスのために役に立たず、緊急炉心冷却装置(ECCS)のスイッチは、あろうことか切られていた。


このように見ると、今回の事故はスリーマイル事故によく似ているところもあり、そうでもないところもあるが、少なくともチェルノブイリ事故とは全く違う。
少なくとも福島では、原子炉自体は安全に停止している。
3号機、4号機の核燃料貯蔵プールへの注水が成功すれば、臨界は避けられる可能性は高いと思うので、「チェルノブイリ並み」などという事態にはならないと思う。


2つの事故の教訓はいろいろあるだろうし、今回の福島事故の教訓も今後検証されなくてはならない。
今日の時点では、私自身はまだ楽観的に見ており、1~3号機の炉心冷却装置が明日以降正常に作動する方向に展開ことを信じている。

・・・・・・

メディアでも「想定外」という言葉が批判を浴びている。「そんなことは想定しろ」ということなのだろう。
想定される津波の高さにしても、どの程度まで想定すべきかということは極めて難しい問題だが、今回の津波の高さを考えると、想定が甘かったと言われても仕方がないだろう。
上の2つの事故を考えても、ECCSが作動しない、電源が全て失われる、という事態は絶対にあってはならないことで、実際にはそこまで想定すべきであっただろう。これは今後の検証が必要な事項である。

・・・・・・

あり得ない事故、というのも過去に何度も起きている。
典型的な事故は、東海村JCO臨界事故である。

■東海村JCO臨界事故
1999年9月30日
茨城県東海村

高速増殖実験炉「常陽」の燃料を加工する施設で起きた事故である。
この時は、作業員が18.8%という高い濃縮度の硝酸ウラニル溶液を沈殿槽に移送していた。
これは本来特殊な器具を用いて行うものだが、正規のマニュアルを無視し、ステンレスのバケツを用いて、手作業で行っていたところ、青い光を発してガンマ線が発生、臨界状態(核分裂が連鎖的に起こること)となった。
全く遮蔽されていない、裸の状態の原子炉が出現したような状態と形容される。

ここで言う「青い光」の正体はチェレンコフ光と言う。
原子炉の資料映像で、水中が青く光っている光景がよく見られるが、あの光である。
「光の速度を超える事はできない」というのは特殊相対性理論の柱のひとつだが、正確に言うと「真空中の光の速度を超える事はできない」というのが正しい。
空気中、あるいは水中での光速度はそれより小さいので、水中で中性子線の速度が「水中での光速度」を超えることがあり得る。その時に青いチェレンコフ光が出る。
「青い光を見た」という証言は、臨界が起きたことを示唆しており、この言葉を聞いた時、私は椅子から転げ落ちそうになった。


余談
岐阜県神岡の実験施設「カミオカンデ」で行われた実験は、光速で飛来する太陽ニュートリノが、ごく稀に水分子をはじき飛ばした時に、水分子が一瞬「水中での光速度」を超える時に発するチェレンコフ光を検知することが目的だった。
もちろん、目に見えるような光ではない。
周囲に張り巡らされているのは、光子1個から検出できるという、世界一の光電管である。製造したのは浜松ホトニクスという会社である。


臨界は20時間続き、当事者2人は推定10~20シーベルトの放射線を浴びて死亡した。
周辺住民の被曝は600人以上に及び、最大の人は25ミリシーベルトだったと言う。

この事故で核分裂を起こしたウランの量はわずかに1mgだった。
運転中の原子炉が暴走したチェルノブイリの事故がどれほど凄まじかったか、このあたりから想像出来る。

・・・・・・

書きたいことが多すぎてとりとめのない記事になってしまった。
明日は3号機の抱える根本的な問題について考えて見る。

震災9日目

墓参りに行った。墓石や灯篭があちこちで倒壊している。
震度5+程度では、こんなことはあり得ないと思う。
改めて今回の揺れの凄さを知った。

先日来、ガソリン不足のことばかり書いているので、ちょっと恐縮。
今日も至る所で給油待ちの渋滞が見られた。
被災地の苦しみは想像を絶しているというのに、こちらではガソリンの争奪戦をしているというのは情けない。
お題目ではない、明確なメッセージがあればいいのである。この国にも政府というのはあるらしいから。

・・・・・・

色々言いたいこともあるけれど、目下の関心事は福島の原発だろう。
この問題を終息させないことには、被災者の支援や復興にも本格的に取り組めないだろう。

テレビのキャスターや評論家、コメンテーターたちはとにかく批判ばかりしているが、今は責任問題を云々するより、もっと知恵を出したらどうかと思う。知恵がなければ黙っていてたほうがいい。無知を露呈するだけである。
週刊誌の見出しにも扇情的な文字が踊っている。こういうものは、中身は大したことがないことが多いので、私は一切読まないことにしている。


現在、最も切迫していると思われるのは3号機である。
なぜかと言うと、この3号機はMOX燃料が使われているからである。このことについてはまた後日。

ヘリコプターからの放水、放水車や大型消防車による地上からの放水など、必死の作業が行われている。
これら原始的とも思えるやり方に、メディアの一部からは揶揄するようなコメントもあるが、こういう場合には結局シンプルな方法がいい場合がある。
チェルノブイリでも、最後はヘリコプターによる砂の投下、という原始的な方法が取られた。
もちろん、チェルノブイリと今回の事故は全く性質が違う。

今日は自衛隊や東京消防庁などが長時間にわたって放水を行い、今のところ一定の効果が出ている可能性がある。
明日は、大型のポンプ車(コンクリート圧送用)が導入されるようだ。
私もこれほど大きなポンプ車は見たことがないが、なるほどこれならピンポイントで大量の水を送り込むことが出来る。
よくはわからないが、1時間に100tぐらいは送れるのではないか。
この方法だと、4号機のように、屋根は残っているけれども、壁に穴が開いているような場合でも、筒先をクレーンで吊り上げて建家の中に入れてやればプール内にピンポイントで入れることが出来る。
この方法は、海外からもたらされたアイデアであるらしい。
批判するより、まず衆知を集めることだ。

もちろん、批判されるべきところが多いのも事実ではある。
昨日の記者会見でも
 「福島第一は廃炉にするのか」
 「そのようなことも検討している」
というようなトンチンカンなやりとりが行われている。
これは廃炉せざるを得ないということは、素人の私も13日の記事で指摘しておいた。
問題なのは、廃炉の技術も確立されていないことである。健全な炉でさえ廃炉の技術は確立されていない。
また、その莫大な費用を東電は負担できるのか。
それ以上に、今後発生する補償問題を考えれば、東電は民間企業として成り立って行くのは無理だろう。

東電ばかりが悪いのではない。
都合の悪いことには蓋をして来た、国の原子力政策に根本的な問題があるので、そのことはまた明日。

・・・・・・

セリーグが予定通り開幕するということが批判を浴びている。
停電で負担を強いられているのに、煌々と照明を点けて野球をやるのか、という批判は当然だろう。
人間には娯楽も必要だという考え方もわかるが、このことが読売の独断専行で決められたということに、相変わらずだなと思った人は多いに違いない。


私自身、あれから本も読まず、音楽も聴かずの生活を続けてきた。
楽しみを自粛していたわけではない。その気になれなかっただけである。
こういうことがあると、どうしても自粛ムードになりがちなのは致し方ない。
楽しむにも自粛するにも、要は「ほど」というものがあろう。


今日は、地震発生以来初めて音楽を聴いている。
ミッシャ・マイスキーのチェロで、シューベルトのリートの編曲。
今、「万霊節の連祷 D343」が耳元で鳴っている。

震災8日目

1週間が過ぎた。
正直、1週間がこんなに長いとは知らなかった。

日曜日は定例の探鳥会の予定だったが中止。
21日は、本来ならば銚子でカモメの観察でもしたかったところだが、それどころではなくなった。
早く普通の生活に戻りたいと、切に願う。

・・・・・・

11日 午後2時56分
仕事相手に1本メールを打った直後。
かすかに揺れを感じたので、2日前に三陸沖で起きた地震の余震だろうと思った。
思えばあれは前震だったのだろうか。
あの時点で「近々巨大地震が起こる」と予知されたらどう行動できただろうか。
もし神様がそっと「M8の巨大地震が起こる」と教えてくれたら、私は家族を連れて九州まで逃げただろう。私は地震に対しては恐怖心が大きい、つまり地震が怖いのである。
しかし、「M9の超巨大地震が起こる」と言われたら信じなかっただろう。
実際、全く経験したことのない地震だった。
神戸で震災に会った人は、もっと凄まじい揺れを体験したのだろう。加速度や速度、振幅と言った数値では。
うまく言えないけれど、何か違う感じの恐怖だった。何かが崩壊したような。

仕事は放り出して、たまたま近所にいた娘のところに駆けつけた。
ちょうど15:15
大きな余震が発生した。
電柱が大きく揺れて傾き、道路には亀裂が走り、割れたアスファルト同士が衝突して盛り上がり、例えて言うと諏訪湖の御神渡りのようになった。
異様な光景を目の当たりにし、これはとんでもないことが起こっていると感じた。
私はその程度のことで動転していたが、その時間に東北地方の太平洋岸では信じがたいほどの惨事が起きていた。
何度も行った宮古や気仙沼の美しい光景が地獄絵のようになった。あとからテレビで繰り返される映像にショックを受けた。

第1報ではM7.9だった。あり得ないと思った。
しばらくしてM8.4に訂正された。それで納得した。
あとでM8.8に訂正された。心底驚愕した。
後日M9.0と発表された。もはや驚かなかった。完全に想像を超え、頭が麻痺してしまった。

地震の最中から停電になり、信号も消えて大渋滞となった車内で、「福島の原発で緊急事態」の一報を聞いた。
ECCS(緊急炉心冷却装置)が作動せず、炉の冷却機能が失われたとの報道に凍りついた。
原発では絶対にあってはならない事象。その後、どんどん悪い事態に進行したことはご承知の通り。
これが終息しないことには落ち着いた日常を取り戻すことはできないだろう。

・・・・・・

今日も午前中はガソリンの確保だけで終わってしまった。
どのスタンドが何時から開店するのか。目下は情報戦のようになっている。
戦いであれば勝者と敗者がいる。
早朝の店は完敗だった。そのあとの店には12台目に並ぶことが出来た。
こんな記事も煽ることになっているのかも知れない。ちょっと反省。




土浦市内、いつもの散歩コースで見た光景である。
これはやや広目の畦道なのだが、中央が50cmほども盛り上がり、地表に断層が現れたようになっている。
左右から地盤が押し合って、盛り上がったのだろうか。震源地でもないのに、こんな現象が見られるとは、今回の地震がいかに凄まじかったがが伺える。


※追記
ここは近くに住宅団地の調整池があるので、この下には雨水管が埋設されていて、それが液状化で浮き上がったのかも知れない。
どちらにしてもすごい事。

震災7日目

被災地の苦しみに追い打ちをかけるような寒波である。
電力の需給も逼迫して、計画停電も強化されたようだ。
茨城県内は被災地でもあるということで、停電は行われていない。
有り難いというか、申し訳ないような気持ちである。

食料やガソリンは相変わらず不足している。これはいずこも同じ状況のようだ。
コンビニの棚はどこも空っぽである。当座はあるものでしのぐ他はない。
ガソリンの方は全くの混乱状態で、閉まっているスタンドに長蛇の列が出来ている。
これは入荷次第開店するというのを当てにして、スタンドの前に車を停めたまま運転手がいないのである。

物資の不足、人々が買い溜めに奔走する、というニュースが繰り返しメディアで流れるので、この傾向に一層拍車をかけている。

・・・・・・

1973年のオイルショックで起きたトイレットペーパーの買い溜め騒動を思い出す。
「紙がなくなる」というデマが飛び、トイレットペーパーを求めて人々がスーパーに殺到した出来事である。
今でも、オイルショックと言うと、石油に特別関係のないこの場面が象徴的に語られる。
もちろん、我々の生活は全般的に石油に依存していることは間違いないが、なぜトイレットペーパーだったのか。
実は、大阪のあるスーパーが、目玉商品としてトイレットペーパーの特売のチラシを打ったところ、多くの人が殺到したことが発端と言われている。
「紙がなくなる」というデマとともに、マスコミが大々的に報じたことから全国的にパニックとなった。

冷静な人はデマだとわかっていても、結果的には品物がなくなってしまうので、賢明な人でも買い溜めに走らざるを得なくなるのである。
今回のガソリン騒動も全く同じで、誰かがスタンドに並び始めれば、結局皆並ばざるを得なくなる。
トイレットペーパー騒動よりも深刻なのは、全くのデマとは言えないところにある。

今必要なのは、「買い溜めはやめましょう」とお題目を唱えるだけではなく、流通を回復して、供給量は十分にあるということを当局が積極的にアナウンスすることだ。

・・・・・・

茨城が車に依存しているのは、公共交通機関が発達していないからである。いや、それは逆かも知れない。車がある限り、極めて便利で快適な地方であることは間違いない。
今、常磐線は取手までしか運行していない。なぜかと思ったら佐貫~牛久間で線路の路肩が崩落し、復旧できないのである。そのことはほとんど報道されていないので、私も知らなかった。
水戸駅は倒壊の恐れがあるので、土浦以北は全く再開の目処が立っていない。
バス路線もお寒い状態なので、ガソリンがなければ陸の孤島である。伊達や酔狂でスタンドに並んでいるわけではない。

プロフィール

papageno620

Author:papageno620
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア